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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第八十一話:覚悟の眼差し

 力いっぱい、紅玉の背に向けて叫ぶ。

 助けてほしい――こんなに強く、こんなに必死に叫んだのは、人生で二度目だった。


 それでも、ここまで自分の無力を感じ、ここまで自分が何もできない人間だと現実を突きつけられたことはなかった。

 悔しい気持ち。素直に認めたくない気持ち。

 けれど、それを押し殺してでも今ここで認めて助けを求めなければ、一生後悔する。


 自分のためでもあり、誰かのために――力いっぱい叫んだのだ。


「どこまでだって、お供します」


 紅玉は振り返らない。

 しかし、地面に頭をこすりつけるように膝をつき、土下座をするひよりに――手を差し伸べたのは硝子だった。


「目の前に、助かるかもしれない命があって…何もしないのは違うよなッ!」


 震える声で、引きつった笑顔を浮かべながら、朱里もまた手を伸ばす。


「私じゃ…二人とも死ぬよ?」


 ひよりが弱々しく呟く。

 それでも、二人は揃って歯を見せニッと笑った。

(例え悲惨な死を目の当たりにしても、自分が死ぬかもしれなくても…何もしないのは嫌だ)


「鎮火に水が有効ではないようでしたが…油か何か…撒かれていたんですか?」


 腹を括ったひよりが涙を拭う。すると、近くにいた消防隊員に声をかけられた。


「建物の中には、全ての階・部屋でガソリンが撒かれていたようです。紅玉様やひより様が鎮火に苦労されていましたから」


そう硝子が言えば朱里も続けた。


「今から行く…地下シェルターにも大量のガソリンが撒かれてるみたいだ。紅玉が言うんだ。間違いないはずだ」


正確に、そして周りの隊員たちにも聞こえるように話す。


「地下シェルターに…医療スタッフの方々がいらっしゃるはずです…」

 

 すると、周りからも声が上がった。


「っ!! それ、まずいな。かれこれ2時間。ガソリンで中毒起こして…もう…」


 ゾクリ、とひよりの背筋が凍る。

 ガソリンが中毒を起こす――そんな認識はなかった。

 硝子や朱里も同じだ。ガソリンなど素手で扱ったことも匂いを嗅いだこともない。


「それでも…遺体だけでも…回収しなきゃ」


 涙を浮かべながらひよりが言うと、周りの大人たちは息をのんだ。


 再び覚悟を決めたひよりは、フラつきながらも立ち上がる。

 それを支えるように硝子と朱里が左右に寄り添う。


「合図を…合図をください!!」


 背中を向けて歩き出したひよりの後ろから、そんな声が響いた。


「怖くて…怖くて、一緒についていくことはできなくても…」

「何かのお役に!!」


 口々に上がる声。

 ひよりの心臓が強く打つ。

(暖かい…涙がこぼれそうなほどに)


 一瞬後ろを振り返り、コクリと頷くと、再び歩き出した。


「待ってください!!」


 シェルターの目の前まで来たとき、不意に声をかけられる。


「中には、日高ひだか先生という治癒魔法の一種である解毒を得意にしている先生がいるはずです!」

「ですから、皆さん生きてるはずです。焦らず、慎重に行きましょう」


 突然現れた男性の言葉に、一同は驚く。

 しかし、随分と心が楽になった。


「シェルター入り口は当院の限られた医師が持つキーがないと入れないんです」

「これを持っていてください。」


 男性から手渡されたカード。

 「それでは…」と気まずそうに去っていく背中を、ひよりたちはポカンと見送る。


「開いた。」


 シェルター入り口にカードをかざすと、ピッと軽い音が鳴った。

 地下扉がゆっくりと開き、細い通路が現れる。


「硝子と朱里は外にいたほうがいい…この通路にも…」


 鼻を突くガソリンの強烈な匂い。

 ひよりは服の袖で鼻と口を覆った。


「行きましょう」


「今更戻れるか」


 頑なに帰ろうとしない二人。

 ひよりはほんの少しだけ笑みを浮かべると、また歩き出した。


 暫く歩くと、入り口よりもずっと分厚そうな扉が現れる。

(この先だ――)

 肩に力が入る。


「入ったら、燃やすね。」


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