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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第八十話:子供と大人

「視野が狭い叡智ちゃんに質問だ。」

 紅玉の声が、やけに軽やかで、それでいて心臓に刺さる。


「敵は、わざわざなおやんが普段いる第一聖教会を襲撃したのは何故?」

「ここは信仰統制局のお膝元でもある。そんな場所をド派手に焼いたのは何故?」

「部屋のあちこちにいた敵は攻撃してくる素振りすら見せない。まるでコーンみたいに立てられてるだけ」

「誘導されてるみたいじゃない?」


 紅玉の目がひよりを射抜く。

「親玉がいない現状に、教会の外には見られなかったなおやん直属の部下たちの姿」

「シェルターという空間。そして、たまたまこの場所を通りかかった炎に耐性がある叡智ちゃん。」


「――ここまで言えば分かるでしょ?」

 紅玉の顔がぐっと近づく。鼻先が触れそうなほどの距離。


「最初から...狙いは、私?」

 震える声が、ひよりの口から零れた。


 頭の中をかき回すように情報をかき集める。

(私がこの近辺にいるのを、知ってて…わざわざ騒ぎにした?)

(炎には耐性があるから、人を助けるくらいできると思って飛び込んで来るだろうって…)


 額から噴き出した汗が頬を伝い、床に滴った。


「及第点かなぁ」

 紅玉は肩をすくめ、そしてひよりの手を取る。


「このカウンターの下。シェルターになってるよ」


 ひよりの喉が鳴る。ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。


「中はガソリンだらけだろうね。そんな臭いがする」

 紅玉の言葉に、胸の奥がきゅっと縮む。


「いくら炎に耐性がある叡智ちゃんでも、流石に死ぬ」

「君は目の当たりにするはずだよ。ガソリン漬けになった病院スタッフが目の前で焼かれるのを」

「正気を保っていられるかな?」


「以前の君なら余裕だろうね」

 そう告げる紅玉に、ひよりの手が小刻みに震えた。


 病院スタッフ。直哉と共に働く仲間たち。直哉にとって大切な人たち。

(そんな人たちが…燃えるのを見ていられる?)

(NOだ…絶対に、無理だ)


「帰るよ、叡智ちゃん。」

 紅玉は柔らかく言い、ひよりの手を引いた。


「ゆったんやなおやんとも仲はいいけど、まっしーは随分と古い友人だ」

「そんな彼女の秘蔵っ子を見殺しにできるほど、私は残酷じゃないよ」


 ひよりは足がもつれそうになりながらも、紅玉に引かれて歩いた。

 後ろで硝子が唇を血が滲むほど噛む。朱里も拳を震わせ、唇を噛み締める。

 罠にハマりに行くなど無謀だと理解していたからだ。


「はぁ…ハァ、ハァッ!」

 過呼吸のように浅く早い呼吸を繰り返すひよりを、紅玉はヒョイと抱き寄せる。


「大丈夫。誰も君を責めやしない」

「子供なんだ。他人のために命をかけるには、まだ早すぎる」


 トントン、と優しく背中を叩く紅玉。

 その声は、これまで見せてきたどの表情よりも優しかった。


 結局、そのまま建物の外へ出てしまった。


 周囲には気まずそうに顔を伏せる消防や救急の人たち。

 誰も目を合わせようとはしない。


 当然だ。

(30分経ったら来てくれ――なんて言ったって誰も来やしなかった)

(誰も…動けなかった。)

 魔女であるものの、子供であるひよりが声を上げても、大人たちは動けなかったのだ。


「この子を近くの病院に」

 紅玉は近くの救急隊員にひよりを預けた。


 ひよりは、建物に背を向け帰っていく紅玉の背中を見つめていた。

 涙が、頬を伝って止まらない。

 自分がどうやっても誰も助けられない無力さ。

 それとは正反対に、きっと何でもできてしまう紅玉。


(助けてほしい…)

 縋りたい。

 でもそんな自分が許せない。


「お願い、しま…す…」

 かすれた声が喉の奥から漏れる。


「え?」

 救急隊員がひよりの小さな呟きに反応した、その瞬間――


 ひよりは救急隊員の腕から飛び降りた。


「お願い、しま…す…!助けてくださいッ!」

「私はまだ…何にもできないからッ!」

「子供の私には、何にもできないからッ!」

「大人の貴方が…助けてぐだざい!!」

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