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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し

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第七十五話:"またね"の意味

 牢から出ると、生憎の曇り空が広がっていた。来た時はあんなに晴れていたのに――まるで、今の私の心情を見透かしているようだった。


「硝子たちは?」


 一足先に外に出ていた開闢の背に問えば、彼女は振り返らずに答える。


「目覚めたのはひよりが一番最後だ。二人とも先に目覚めて、正面玄関で待っているよ」


 あれだけの殺意をぶつけてきた開闢が、結局はただ自身の記憶を見せたかっただけなのかと、すこし拍子抜けした。本気で戦えば勝てる確率などゼロに等しい。何より――開闢は私の魔法を知っているが、私は開闢の魔法を知らない。その差は決定的だった。


「この子、連れてけないよ。戦うことになったら死ぬ」


 私の手をぎゅっと握る少女を見下ろしながら、開闢にそう告げる。だが、彼女は困った顔をして頬をかいた。


「そうだったね。私としたことが……。すまないけど、こちらでもその子は預かれないよ」


 呆れてものも言えない。本当にここまで計画なしに少女を押し付けてきたなんて――。


「第一聖教会に行くといい。そこに、この少女の母親がいる。離れの精神病棟だよ」


 まさか、急いで奏人たちを探しに行こうとしていた矢先に、少女を病院まで連れていく羽目になるなんて。苛立ちが胸を焦がす。


「坊くん達の居場所を知っているかもしれないだろう?それに、部下からの情報だと珠玉はひよりの屋敷を壊した後、坊くん探しに躍起になっているそうだ」


「坊くんが絡んでいて、その弟と白百合の坊っちゃんが出ていかない訳がない」


 開闢の論理に、私はほとんど丸め込まれるようにして、渋々目的地を第一聖教会に定めた。


「ひより」


 急がねばと少女を抱き上げ歩き出したとき、またしても名前を呼ばれる。本当に今日は、この人に何度呼ばれたのだろう。


「坊くんに伝言を頼むよ」


 伝言。そんなもの電話でも何でもすれば済む話じゃないか――と眉間にシワを寄せれば、開闢は苦笑した。


「晴れていないのが、残念だよ」


 その一言が、妙に胸を締めつける。言葉の意味は分からない。でも、絶対に伝えなければいけないと、拳を握った。


「分かった」


 短く答えると、開闢は満足そうに頷いた。


「魔女様、またねってしないんですか?」


 行こうとしたその時、抱きかかえた少女と目が合う。大きな瞳が私の姿を映し、驚いたように瞬いた。


「……ま、またね」


 渋々そう呟くと、開闢はフッと笑い、手を軽く振った。だが――開闢から「またね」が返ってくることはなかった。


「別れに水を差すのは、立派な大人がやることではないね。……身体が動いていたら、今頃地獄に落としているよ」


 背後でそんな言葉が聞こえた気がして、足が止まりそうになる。しかし振り返る勇気は出なかった。


 ひよりが視界から消えた途端、開闢は静かに膝をついた。その周囲を、背に狐のマークが入ったローブの者たちがじわりと取り囲む。


「やれやれ。開闢の魔女である私が、ロクな死に方をしないのは納得がいかないね」


 冷たく吐き捨てると同時に、口元にかすかな笑みを浮かべる。


「今の、笑うところだよ。」


 乾いた声で笑い、目を伏せる。


「女狐相手に……どこまでやれるかね。ひより――」


 その言葉を最後に、気を失った開闢の身体はローブの者たちと共に、音もなくその場から消えた。



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