第七十五話:"またね"の意味
牢から出ると、生憎の曇り空が広がっていた。来た時はあんなに晴れていたのに――まるで、今の私の心情を見透かしているようだった。
「硝子たちは?」
一足先に外に出ていた開闢の背に問えば、彼女は振り返らずに答える。
「目覚めたのはひよりが一番最後だ。二人とも先に目覚めて、正面玄関で待っているよ」
あれだけの殺意をぶつけてきた開闢が、結局はただ自身の記憶を見せたかっただけなのかと、すこし拍子抜けした。本気で戦えば勝てる確率などゼロに等しい。何より――開闢は私の魔法を知っているが、私は開闢の魔法を知らない。その差は決定的だった。
「この子、連れてけないよ。戦うことになったら死ぬ」
私の手をぎゅっと握る少女を見下ろしながら、開闢にそう告げる。だが、彼女は困った顔をして頬をかいた。
「そうだったね。私としたことが……。すまないけど、こちらでもその子は預かれないよ」
呆れてものも言えない。本当にここまで計画なしに少女を押し付けてきたなんて――。
「第一聖教会に行くといい。そこに、この少女の母親がいる。離れの精神病棟だよ」
まさか、急いで奏人たちを探しに行こうとしていた矢先に、少女を病院まで連れていく羽目になるなんて。苛立ちが胸を焦がす。
「坊くん達の居場所を知っているかもしれないだろう?それに、部下からの情報だと珠玉はひよりの屋敷を壊した後、坊くん探しに躍起になっているそうだ」
「坊くんが絡んでいて、その弟と白百合の坊っちゃんが出ていかない訳がない」
開闢の論理に、私はほとんど丸め込まれるようにして、渋々目的地を第一聖教会に定めた。
「ひより」
急がねばと少女を抱き上げ歩き出したとき、またしても名前を呼ばれる。本当に今日は、この人に何度呼ばれたのだろう。
「坊くんに伝言を頼むよ」
伝言。そんなもの電話でも何でもすれば済む話じゃないか――と眉間にシワを寄せれば、開闢は苦笑した。
「晴れていないのが、残念だよ」
その一言が、妙に胸を締めつける。言葉の意味は分からない。でも、絶対に伝えなければいけないと、拳を握った。
「分かった」
短く答えると、開闢は満足そうに頷いた。
「魔女様、またねってしないんですか?」
行こうとしたその時、抱きかかえた少女と目が合う。大きな瞳が私の姿を映し、驚いたように瞬いた。
「……ま、またね」
渋々そう呟くと、開闢はフッと笑い、手を軽く振った。だが――開闢から「またね」が返ってくることはなかった。
「別れに水を差すのは、立派な大人がやることではないね。……身体が動いていたら、今頃地獄に落としているよ」
背後でそんな言葉が聞こえた気がして、足が止まりそうになる。しかし振り返る勇気は出なかった。
ひよりが視界から消えた途端、開闢は静かに膝をついた。その周囲を、背に狐のマークが入ったローブの者たちがじわりと取り囲む。
「やれやれ。開闢の魔女である私が、ロクな死に方をしないのは納得がいかないね」
冷たく吐き捨てると同時に、口元にかすかな笑みを浮かべる。
「今の、笑うところだよ。」
乾いた声で笑い、目を伏せる。
「女狐相手に……どこまでやれるかね。ひより――」
その言葉を最後に、気を失った開闢の身体はローブの者たちと共に、音もなくその場から消えた。




