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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第七十四話:進む覚悟

 「さっきのは、まだ甘い方だ」


 開闢の言葉を思い出し、ひよりの胸に冷たい重みがのしかかる。本当は――投げ出してしまいたい。もう、何もかも。

 けれど、その恐怖を吐き出す代わりに、彼女は僅かに震える唇で言葉を紡いだ。


「みんなが私を助けてくれた。だから……私も、みんなを助けたい」


 怖い。それでも、怖いことは進まない理由にならない。進む理由はいつだって単純で、あとからいくらでも肉付けできる。たとえ「そんな甘い理屈じゃ通じない」と誰に言われたとしても。止まればすべてを失う。進むしかない――。

 その決意を込めて、ひよりは強い瞳で開闢を見上げた。


「……」

 開闢はしばしひよりを見つめ、深い吐息をひとつ落とした。


「及第点だよ。ただし、その少年漫画の主人公みたいな性格はやめた方がいい」


 ふっと微笑む開闢の目には、ほんの一瞬、言い知れぬ哀しみが宿った。やがて、すっと立ち上がり、ひよりに歩み寄る。そして、ひよりの目の前で手を差し伸べた。


「壊れてしまうよ。()()のようにね」


 “私達”――その言葉が誰を指すのか、ひよりには分からない。だが、胸の奥でその言葉がずしりと響き、彼女は静かに心に刻む。


「魔女様?」


 その声にハッとして視線を落とすと、ひよりはまだ少女を庇うように抱きしめていた。開闢の言葉で、ここがただの記憶の中ではないことを思い出す。


「え……」


 戸惑うひよりの横で、開闢が口角を上げた。


「プレゼントだ」

「我が子のように可愛がり給え!!」


 そう言って開闢はひよりの手を軽く引く。その瞬間、景色が歪み、気づけば二人は元いた牢屋へ戻っていた。


「オバサン……16歳が子育てはヤバいよ。私、まだ子供。甘えたい年頃だよ」


 ひよりが戻るやいなや弱音を漏らせば、開闢はにやりと笑い、両腕を広げる。


「なんだ、私に甘えたいのかい?」


「遠慮します」ひよりは即座に顔を背け、丁重に断った。


「ひより」


 再び名前を呼ばれ、ひよりは開闢の視線に引き寄せられる。


「三大勢力に挙げられる()()()()()()()()が、少しおかしな動きをしていてね。どうやら……孤高(ここう)の魔女と関係があるかもしれない。」


 孤高の魔女――その名に、ひよりは息を止める。最古の魔女の一人であり、誰よりも創造神に忠実な存在。


「16年前、皇帝を罠に嵌めた魔女だよ。」


 心臓が跳ねた。


「魔女が……魔女を、嵌めるの?」


 なぜ――?

 その疑問は喉の奥で引っかかり、声に出せない。


「簡単な話だ。孤高は心身ともに神に捧げた熱心な下僕(魔女)。私達のように、創造神のために命を投げ出せない者は駆逐対象だ。ましてや……創造神の価値を下げかねない魔女なんてね。」


 背筋が冷たくなる。少し前の自分なら、創造神のために命を投げ出せた。光栄だとさえ思えた。けれど今は違う。その異質さが、骨の髄まで分かる。


「私やひよりは、世間からは創造神に敬虔な魔女として認識されていた節がある。しばらくはそれで誤魔化せるだろうが……ひよりが教団を建て直すというのなら、確実に孤高の標的になる。」


「ひよりと関わりの深い私も、だ」


 その言葉が、甘い考えを無惨に打ち砕く。これは“私一人の問題”ではない。革命云々ではない。生死の問題だ。


「この私が、あんな()()に負けると思うかい?」


 俯いたひよりの頭に、優しく手が置かれる。開闢――この人が、こんなことをするなんて。無表情の奥に垣間見えたのは、人間らしい温もりだった。


「おや、もう行くのかい?」


 別人のような柔らかさに、ひよりは戸惑いながらも背を向ける。牢の外へと歩き出した。


「そうだ」


 思い出したように、開闢が歩きながらひよりの頭をポンポンと叩き、そのまま外へ進む。


「不器用で、どうしようもないダメ人間。親としては失格だが……君の両親は、それでも()()()()()()()そうだ。」


 その一言に、ひよりは目を見開く。隣を歩く少女が心配そうにひよりの手を握った。


「彼らの代わりに、私が君を守ろう。この命尽きるその時まで」


「これからも過保護にいくよ」開闢は軽く手を振り、棒立ちのひよりを置き去りにするように歩き去った。


「……愛されてたみたい」


 ぽつりと呟いた瞬間、止めどなく涙が溢れ出す。未だかつて、これほどまでに心が満ちたことがあっただろうか。



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