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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第七十二話:芽吹く

 震える手を天に向ける。深呼吸をすれば、全身が震えていることに気がついた。


「無理だ……私には殺せない……」


 私は、坊さんのように人々を導く才能がない。

 開闢のように、人々を従わせる圧倒的な権力もない。

 ゆったんみたいに、人々を魅了する影響力も持ち合わせていない。

 珠玉のように、多くの人脈や確かな基盤があるわけでもない。


 私以外の魔女は、みんな何かを持っている。魔女のすべてが正義だというけれど、誰一人として物理的な力技で事を収めたりはしない。


「力以外、なにもないのに……」


 涙が溢れて止まらない。抜きん出た魔法が使えるわけじゃない。せいぜい“並”か“並以上”程度の魔法。私には、それくらいしかない。

 それを理解しているからこそ、開闢の言葉にすがってしまいそうになる。


 ―創造神様……私は物心つく前からお祈りを欠かしたことはありません。毎日毎日祈り、願ってきたのに……―


 でも、貴方(十和子)が私の袖を引く。そっちに行ってはだめだって。


「私は……」


 舞台に上がるときに持たされていたマイクを投げ捨てる。

 震える足でよろめきながら前へ進み、震える腕を擦った。


「反魔女だ!!」


 腹の底から絞り出すように声を上げた。辺りは水を打ったように静まり返る。ベラベラと喋っていた笹野すら、口をあんぐり開けて黙り込んでいた。


「私が、天命を行使しなかったのは本当!! それ以外も本当だよ!!」


 話し始めると、不思議と体の震えが止まった。代わりに、体はどんどん熱を帯びていく。


「反魔女だ!!」


「殺せ!! 反魔女は殺せ!!」


 ドッと湧き上がる殺意のこもった言葉の数々と大ブーイング。それでも、私は引かなかった。


「穿て!!」


 大声を張り上げ、真上に力強い言葉とともに魔法を放つ。

 轟音が響き渡り、少ししてから暴風が吹き荒れる。熱波に耐えきれず、人々は身を縮めた。


「もっと、周りをよく見て!! 自分の娘が、息子が、あるいは両親、パートナーが……ある日突然他人(魔女)に殺される現実を!! 理由は、姿も見せない臆病者(創造神)の天命だから!!」


 そんなことを言ったって、どっぷり信仰の沼に浸かった人たちには届きはしない。でも、


「大切な人たちを、天命だなんだと言い訳して見殺しにする貴方こそが大罪人だ。いつまでハリボテの神様を祀ってるつもりなの!?」


 信仰が浅い人や、根付いていない子供たちには言葉が届いている。革命の芽が、確かに芽吹き始めていた。


 ポンと背中を押されるような感覚があった。一つは、よく知った陽だまりのように暖かな手。もう一つは――


「とわ、こ……」


 何も言わない。何も見えはしないけれど、確かに彼女だった。「大丈夫だよ。自分を信じて」とでも言うように……確かに彼女の存在を感じた。


「坊さん、ごめん。でもね……誰かが変えようって努力するだけじゃ、みんなは変わらない。」


 人々自身の意思で勝ち取るしかない。魔女なんていなくてもいいと言うのなら、16年前に起きたような大きな革命が必要だ。


「犠牲は悲しい。でも……人は痛みの数だけ学べるんだと思う。もう二度と同じ過ちを繰り返さないために」


 私が何を吠えたところで、ブーイングは止まらない。一人の力ではどうにもならない。だからこそ、


「なぜ、貴方は泣くの?」


 舞台から降り、最前列でうつむく少女に手を伸ばした。


「天命で……大切な人が死んじゃったからッ!」


 少女の言葉に、目頭が熱くなる。泣いて真っ赤になった瞳が私を映していた。


「魔女様は、なんで、泣いてるの?」


 心底、不思議そうに首を傾げる。その仕草が痛々しいほど純粋で、胸が締めつけられる。それでも、少女は私の手を取ってくれた。


「天命で、大切な人たちを殺してしまったから」


 チリン


 言葉のすぐ後、どこかで鈴が跳ねるような音がした。それと同時に、怒りのボルテージを超えた群衆が、波のように押し寄せる――。



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