第七十話:兄弟の姿
「おい、ひより。今日はオークションの日だろ。早く起きねえと珠玉が待ちかねてんぞ」
目を覚まして一番に目に入ってきたのは天井。それも、屋敷の――自分の部屋の天井だった。
枕元からは菜摘さんの声がする。
「ほら、服アイロンかけといた。着替えるのは俺が部屋から出てからにしてくれよ?」
それだけ言って出て行こうとする菜摘さん。
でも、それが信じられなくて――咄嗟に腕を掴んでいた。
「なーつーみー!今日の朝ごはん、モックでいいですか〜?いいですよね!お金ください ♪」
そのタイミングでドアが開かれる。
そこには奏人の姿があり、「……何がなんだか」という顔で固まっていた。
「ほら、着替えの邪魔すんな。オークション10時スタートだろ。移動も考えて、あと1時間しかねえんだから」
そう言いながら菜摘さんが奏人を引きずっていく。
「移動って、どこか行くの?」
やっと出た言葉は、それだった。寝起きの頭には、情報が追いつかない。
「おいおい、昨日話しただろ?オークションをリアルタイムで視聴する会場を珠玉が作った。そこで珠玉、開闢、叡智の三人が交代でトークイベントを開催する。初日が主催であるひよりだろ」
(そんなの聞いてない……)
そう思ったけれど、時間がないようだから黙ってコクリと頷く。
急いで服を着替え、屋敷の外に出れば、すでにみんなが待っていた。
「いいか?今回は、司教たちをボコった動画が拡散して大炎上した奏人の悪魔疑惑払拭と、叡智の権威を見せることが目的だ。他の魔女や団体への牽制。だから大人数でひよりを守るのは得策じゃない。奏人とひよりで行け。隼人が運転手な。俺らは屋敷から見てる」
そう言われて、車に押し込まれる。
奏人には、菜摘さんが口すっぱく「狂った言動は控えろ」と言い聞かせたらしい。
「ワクワクしますね〜!他の魔女を信仰してる教徒が襲ってきたら、見せしめにボコボコにしていいって許可もらってるので、余計楽しみかもしれません!」
「奏人様!言われましたよね!?襲ってきても極力は交戦は控えろって!!テレビも来るんですよ!?そんな中、他の団体の人間をタコ殴りにしてるの映されたらまた揉めるでしょうが!!」
なんだか、奏人らしいなと笑ってしまった。
「笑ってないでなんとか言ってくださいよ〜!!」と半泣きの隼人。
きっと今回も、奏人が暴れれば隼人も一緒に怒られるのだろう。
「到着です!早く行きましょ!!」
会場の裏口から見えたのは、信じられないほど多くの人たち。
みんな、背中にマークのような印が入った服を着ていて、自分たちの所属を示しているのがわかる。
「叡智の魔女、藤宮ひよりだな」
車を降りた途端、誰かに声をかけられた。
奏人が飛びかからないところを見ると、おそらく関係者だろう。
「うん…じゃなかった。はい」
この人、たぶん強い。私も、奏人と似たような感覚がある。強い人には、敬意を。
敬語を使おうと頑張るけど、今まであまり使ったことがないから、正解なのかは分からない。
「珠玉だ。開闢から話は聞いている」
珠玉の魔女。名前は聞いたことがあったけど、会うのは初めてだった。
なのに、なぜか菜摘さんの姿が頭をよぎる。気のせいだろうか。
「よろしくお願い…します。珠玉…さん」
私より背が高くて、見上げながら言うと、ため息をつかれた。
「同じ魔女であり、ビジネスパートナー。同格だろう。目上だからといって敬語を使う必要はない」
そう言って、私の頭を撫でた。やっぱり――
「菜摘さんみたい」
ボソッと呟けば、「すまない」と手を引っ込める。
「アレは末の弟だ。上が性格に難のある双子だからか、兄弟との思い出などほとんどないだろう。立場上そうはいかんだろうが――」
「妹ができたようで嬉しいのだろうな」
そう言う顔は、とても優しかった。
無表情で少し怖さも感じたけれど、なんだか優しい“お兄さん”だった。
「くれぐれも気をつけろ。魔女が参加者の攻撃を受けてみろ。革命の芽になりかねない」
「楽しみにしている」
そうだけ言って、珠玉はその場を後にする。
厳しいことを言うけど、優しさのほうがにじみ出てしまうところ――やっぱり菜摘さんと兄弟なんだなと思った。
「叡智の魔女様と守り人様。準備整いましたので舞台へお願いします!」
スタッフの人が呼びに来て、私と奏人にそう声をかける。
少し、緊張してくる。
あんなにたくさんの人の前で、何を話せばいいんだろう――
「はーい!じゃ、いきましょー?」
それでも、まったく緊張していなさそうな奏人に手を引かれて歩き出す。
「叡智の魔女様!?」
「魔女様だ!!」
「叡智様〜!!」
舞台へと向かえば、凄まじい歓声が巻き起こる。
耳が痛くて思わず塞いだ。
ドーン!!
隣で歓声以上に大きな音が鳴った。早速、攻撃かと思って身構えるが――
「うるさいですよ。静かにしてくださーい」
マイクを持って話す奏人。
その足元には、いつの間にか大きな穴が開いていた。
そんな奏人を見て、客席は静まり返った。
奏人は、客席から私へと視線を移し、ニッコリと笑う。




