第六十九話:物騒なこと
「硝子、軍服似合ってるね」
開闢の執務室横にある仮眠室から抜け出したひよりは、広い館内をあちこち探検して回っていた。
幼い頃は、開闢やフクロウの守り人、それに軍の人間が誰かしら張り付いていたから、こうして自由に歩き回ることなんてできなかった。
「ひより様、見てください。私の特注らしいですよ」
ホラホラ、と剣や豪華で重そうな服を見せびらかす硝子は、相変わらずだった。
きっと物で釣られたんだろう。ひよりは思わず笑いをこらえる。
「硝子、ここって牢があったと思うんだけど。どこか知ってる?」
ひよりの問いに、硝子は少しだけ顎に指を添えて悩む素振りを見せる。
「聞いてみますか?私、どうやら元帥殿の補佐にしてもらったらしいので。多分偉いです」
「ひより様が成長したら、ひより様の補佐だって聞きました」
とさらりと口にされ、思わず吹き出しそうになる。
(硝子に補佐なんてできるのかな……)
心の中で小さく呟きながらも、とりあえず後に続く。
だが――予想外にも向かった先は、あの恩着せがましい運転手の元だった。
「あぁー!はいはい!牢屋。焼却炉教えたでしょ?そこの裏かな!貸しだy…」
ドカッ。
貸しだよ、なんて言いかけた元帥の鳩尾に硝子の拳がめり込む。
続けて、先ほどまで見せびらかしていた剣を無造作に突き立てた。
「大したこともしていないのに貸しですか。元帥殺せばチャラですよね?」
物騒だ。
ひよりは(普段見せない真面目な一面かと思ったけど、違った…)と冷や汗をかく。
怒らせないようにしよう、と心に刻んだ。
「ごめんごめん!許してちょ♡」
軽い口調でごまかす元帥を無視し、硝子はひよりの手をぐいと引く。
「ここらしいですね。鍵、かかってます」
辿り着いた先で、ひよりはやはり鍵がかかっているのを確認した。
(どうせなら鍵の在り処も聞けばよかったかな…いや、それを聞いたら本当に貸しになりそうだし…)と考える。
「壊しますね。下がってください」
その言葉にひよりは一瞬キョトンとする。
(あのかっこいい剣、ボロボロにならないかな…)と心配していたが――
バキッ。
鉄が弾き飛び、扉が開く。
硝子は剣を使わず、拳一つで鍵ごと破壊していた。
(菜摘さんとか、奏人も結構…怪力というか、すごいと思ってたけど…硝子は、ゴリ…)
「ゴリラ」と言いかけたのを、ひよりは寸前で飲み込む。
最近覚えた言葉――“多様性の時代”で自分を言い聞かせた。
(ちょっとくらい力の強い女性がいたって、いいじゃない…)
中へ入れば平坦な道が続く。
アニメに出てきそうなTHE牢屋のような、薄暗く不衛生な場所ではなく、
窓に格子を付けた学校の教室のような部屋がいくつも並んでいた。
「この人」
牢屋はほとんど空で、もう使われていないのかと思った矢先――
奥の方に人影が見えた。近づくと、それは見知った顔だった。
「あんたは…」
短い黒髪に、つり上がった目。間違いない。
「東雲朱里」
ひよりは小さくつぶやいた。
「私は、ここから出たい。だから、貴方も来て」
ひよりの言葉に、朱里は目を見開く。
なぜ自分を?と言いたげに、唇がわずかに震えていた。
「出会った人みんなを大切にしたいから」
ひよりは迷いなく手を伸ばす。
「だから、来て」
そんなひよりの姿を見て、硝子は無言で窓枠の格子を引き抜いた。
「早く」
促す硝子の声に、朱里は一瞬だけ逡巡し――
勢いよくひよりの手を掴んだ。
その瞬間。
「ひより。行かせないよ」
背後から聞き慣れた声が響く。
来た道に立つのは開闢だった。
やっぱり…ひよりは心の奥で呟く。
元帥に牢屋の場所を聞き、ここまで派手に動けば、気づかれて当然だ。
「行くよ。なんだか嫌な予感がする。オバサンが私を構うときは、いつだって何かから遠ざけたい時。それも…普遍が崩れる革命の兆し」
ひよりの言葉に、開闢は声を張り上げて笑い出した。
「なら、私が殺してあげようじゃないか!!壊してあげよう。乙梨硝子と東雲朱里は、殺したあと生首を野ざらしだ。見せしめだよ!!ひよりは…まず足だ。足を落とす。二度と私のもとから逃げ出せないようにね!!」
どす黒いナニカが、開闢を中心に渦巻く。
初めて見るその魔法に、ひよりは身体の芯から恐怖を覚え――意識を手放した。




