第六話:後悔の味
この作品を読んでいただきありがとうございます。
10万字を越え、記念にご要望のあったキャラクターの自己紹介も兼ねた番外編を書くことを予定しています。今の所、他サイトで奏人の名前は上がっております。
ぜひ、活動報告や作品感想にてキャラクターをリクエストいただけると嬉しいです!
最新話まで読んでいないという方でも大丈夫です!!感想とか書くの面倒だなって思うかもしれませんが、寛大な心でよろしくお願いします!!
しばらく食べ進めるうちに、少女がぽつりと呟いた。
「このナイフ、切りにくいね」
奏人はナイフとフォークを持つ手を止めて、素直に頷いた。
「そうですね」
遠くの席から様子を見ていた店長とマネージャーは、心の中で思わず叫ぶ。
(だってそれ、ハンバーガーを切るためのナイフじゃないもの!)
そんな微笑ましい空気が流れていたその時、不意に先ほどレジで応対していた女性店員が声をかけてきた。
「先日…両親共々お世話になりました。両親もきっと、天命を享受できて喜んでいると思います」
その声は小さく震えていて、目元には怯えの色が浮かんでいる。拳を固く握りしめ、頭を深々と下げる姿は、まるで処刑台に立たされた罪人のようだった。
少女は無言で少しの間、その姿を見つめる。やがて、ふっと視線を上げると、ぽつりと問いかけた。
「悲しい?」
その問いに女性の肩がびくりと震える。拳を握る指先が白くなる。
少女は、頭の奥を探るように記憶を呼び起こす。けれど、どれだけ思い返しても、最近命を刈り取った者の中に、この女性の両親らしき人物は浮かばなかった。
(私が覚えてないだけか。それとも、数が多すぎてもう誰が誰だったか…)
「かなじ…くは…ありまぜんッ!!」
女性は引き攣った笑みを必死に浮かべる。震える声が耳に痛かった。少女は目を伏せる。
私がおかしいのか、それとも、この世界の“魔女”というシステムが異常なのか。
十和子と、そして奏人に出会ってから、少女の中で何かが確実に変わってしまった。
天命を享受できたと必死に笑おうとするこの女性の姿が、痛々しく見える。それは世間では「正しい」姿なのかもしれない。けれど――
(故人に涙を流すことは、そんなにも悪なの?)
胸の奥がまたモヤモヤと渦を巻いた。少女はその感情を押し込めるようにして、少し鋭い声で他の店員を呼んだ。
「持って帰るから、これ詰めて」
「は、はい! 只今新しいものをご用意――」
「違う、これ」
少女は机の上のハンバーガーを指差した。
モヤモヤした気持ちが言葉に棘を生ませる。店員は半泣きになりながらテイクアウトの準備を始めた。
隣でハンバーガーを無心に頬張る奏人。そののんびりした姿すら、なぜか今は胸に引っかかる。
「悲しいと思える気持ち、大事にするといいよ。何も間違ってない」
その声に少女も、そして女性も、はっと顔を上げた。
肯定の言葉など予想していなかった女性は、引き攣った笑みを崩し、そのまま声を上げて泣き崩れる。
後悔の感情。
初めてそれを知ったときと同じ苦味が、口の中に広がる。
食事を口に運んでも、感じるのは後悔の滲む味。少女はその苦味に耐えるように、心の中で必死に言い訳を並べ立てた。
やがて食事をテイクアウトして屋敷に戻ると、少女はハンバーガーを手に一言つぶやいた。
「奏人が来てから、初めてのことばかりだ」
その言葉に奏人は小さく首を傾げる。
「後悔の味はビターなんだよ。苦くて、悲しくて…だから言い訳っていうミルクを足してマイルドにする。暫くはそれでいい。自分は悪くなかったって満足する。でも――」
言葉が詰まる。奏人が穏やかに尋ねる。
「どんな気持ちですか?」
「絶望。散々言い訳して正当化して、ふと振り返る。カップの底に沈殿したドス黒い液体を見て気づくんだ。どれだけ後悔を誤魔化したって、これから先もずっと溜まっていく。後悔を昇華することは、もう不可能だって」
死にたくないと懇願した十和子、親しい人を忘れることで悲しみを消そうとする奏人、そして両親の死に涙を流す女性。
誰もがどうにもできなかった。
私は魔女。命を刈り取る。それは、どれだけ後悔しても変わらない。
少女の背中は、崇められる“魔女”には程遠かった。
それは「助けて」と声にならない声を叫ぶ、あまりにも小さな背中だった。
「魔女様は、小説家…なんてどうですか!」
突然、無邪気な声が飛び込んできた。少女は驚き、次いで苦笑する。
「魔女様は魔女様です。そのお仕事は今後も変わらないかもしれません。でも…心の拠り所はいくつあってもいい。叫ぶのが駄目なら、文字にすればいい。同じ痛みを抱える人に届くはずです」
時折見せる奏人の真っ直ぐな笑みに、少女はまた小さな可能性を見出してしまう。
言葉にするだけで、少しだけ胸の重みが軽くなる気がした。
ふと、少女は呟いた。
「奏人は、本当にずっとスラムにいたの?」
「はい!」
悩む様子もなく即答する奏人。少女は訝しげに彼を見つめる。
「言葉遣いは年相応の敬語が自然だし、食事の作法もやけに綺麗。スラム育ちにしては、不自然なほど」
そう言いながら、ハンバーガーを食べる奏人の所作を思い返す。手を汚さず、カケラ一つ残さず食べる様は、まるで育ちの良い誰かのようだった。
「…言われてみれば、なんでですかね」
奏人は少し考え込み、やがて笑顔で答えた。
「十和子がいたからです。十和子は育ちが良くて、いつも身奇麗にしていました。祈りや勉強をして、幼い子たちにも読み書きを教えてて」
「そっか」
少女は短く返すと、少しだけ顔をほころばせる。
「魔女様には、僕にとっての十和子みたいな人はいなかったんですか?」