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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第六十六話:掛けるモノ

 センターの屋上。冬樹と直哉は、一言も話さずに上がった。屋上に着いても、直哉が話を切り出す気配はなかった。


 涼しい夜風が二人の頬を撫で、沈黙だけが支配する。


「ぷっ……はっ!! ウケる、冬樹、ちょっと老けた?」


 三十分は軽く黙り込んでいたが、その沈黙は直哉の突拍子もない一言で破られた。

 冬樹は呆れたように眉をひそめながらも、肩の力が抜けるように笑い出す。


「直くん、もう僕ら34だよ? それなのに、まだ金髪って……」


「うるせえー!」

 直哉がおどけるように冬樹の肩に腕を回す。

 二人の姿は、誰がどう見ても親友そのものだった。


「はぁー!笑った。俺さ、珠玉の宣戦布告にめっちゃビビったんだよ。何日か寝られてねえの、ウケるよな?」


「直くんのビビリ〜」


「お前には言われたくないっつーの!」


 笑い声が屋上の空気を少しだけ和らげたが、ふと冬樹の表情が陰った。

 幼馴染として、生まれたときからずっと一緒だった。

 同じ病院で一日違いに生まれ、幼稚園、小学校、中学、高校、大学まで、全て同じ。

 そして、同じ病院で研修医としても勤めた。


 長い年月を共にしたからこそ、言葉がなくても異変に気づける。


「冬樹はさ、まだ体……動くよな?」


 その問いに、心臓がドクンと大きく跳ねた。

 冬樹は無意識に震える指先を服の裾で握り込み、無理やり笑顔を作った。


「たった10年やそこらブランクがあったくらいで、忘れるわけないじゃん!

 医師免許、家に置いてきちゃったけど、まだピカピカだしっ!!」


 そんな冬樹に、直哉は肩をすくめて笑った。


「医師免許ピカピカとか逆に不安しかねーだろ」


 だが、直哉の笑顔はすぐに引き締まる。


「……考えたくないけど、絶対に珠玉はここに来る。

 もうすぐ、このセンターは、見たくもないほどの怪我人で溢れかえる」


「俺についてきてくれ、冬樹」


 直哉の瞳は曇りひとつなく澄んでいた。

 まっすぐで、人を引きつける天性の才能。

 本当は、自分よりもずっと、()()()()()にふさわしいのは彼なのかもしれない――

 そんな嫉妬が、胸の奥でチクリと疼いた。


「ふふーん。研修医時代、謎医と呼ばれた僕の腕が必要になるなんて……

 よっぽど医者不足なんだね」


「出た出た、謎医!」


 直哉が吹き出して笑い、その夜、二人はまるで10代に戻ったかのように朝まで笑い明かした。


()()()()()。二人揃うなんて世も末だよ!!」


「お局様、まだご存命かよ……」


 深夜まで騒いでいたせいで、お局様が現れて怒鳴りつけられる。


「まったく!! 魔女だなんて呼ばれるようになっても、あんたらは変わらんよ!!」


「僕が魔女なのもバレてるんだ……」と頬をかく。

「お局様には何でもお見通しだ」と直哉は天を仰いだ。


「あ、癒しの魔女様!! 奏人様は!?」


 お局様に怒鳴られた後、廊下を歩いていると、息を切らして走ってくる隼人と和哉の姿が見えた。

 後ろからお局様が「走んじゃないバカ共が!」と怒鳴っているのも聞こえたが、気のせいだと思いたい。


「あ、和哉くんと隼人くん!!無事だったんだね!!」


「良かったぁ」

 冬樹はホッと胸をなでおろした。


「奏人くん、体中調べたけど攻撃を受けたところは青痣程度で、どこも悪くなかった。おそらく、開闢の魔法だ」


 直哉の言葉に、全員が目を見開いた。

 隼人は拳をギュッと握りしめる。


「そんな……奏人様がいないと、ひより様は……」


 隼人の震える声に、直哉は静かに頷いた。


「いつまで持つことか。相手は開闢だ。植え付けられた恐怖は根強い。助け出すのが遅くなればなるほど……ひなちーは戻ってこれなくなる」


「変われますよ」


 和哉が一歩前に出て、真っ直ぐに直哉を見据えた。


「叡智の魔女は、もう一人じゃない。私たちがひより様を信じるように、ひより様も私たちを信じています。絶対に、開闢に屈したりはしません」


 “あなたより、ひより様を知っている”

 和哉の瞳がそう物語っていた。


 その時――


「魔女様、急いで避難を!! 珠玉が……珠玉が西玄関前方、駅の方から接近しています!!」


 誰かの叫びがセンター内に響き渡る。

 一気にざわめき立つ空気。


「直くん、行って」


 冬樹は足を震わせながらも、真っ直ぐロビーの方を見つめていた。


「和哉、隼人くんも行こうか」


 直哉は二人の手を取り、勢いよく歩き出す。

 その足取りが少しよろけると、隼人が支えた。


「待ってください!! 置いていくんですか!?」


 隼人の叫びに、直哉は振り返らず一言だけ残した。


「時間がねぇんだよ。足手まといは来い」


 荒々しい口調に和哉も隼人も何も言い返せなかった。


「冬樹さん」


 残された冬樹に菜摘が声をかけた。

 その瞳は鋭く、強い決意を宿している。


「俺は、叡智の魔女の仲間です。だから戦うのは、冬樹さんのためでも、あの人のためでもない。ひよりが笑える明日のために、今ここでナイフを握ります」


「そして、過去に決着をつける」


 その言葉に、冬樹は吹き出すように笑った。


「そうだね。僕は魅了の魔女で、世間からすれば、ひよこちゃんとも直くんとも派閥が違う。でも……大好きな人たちが人生かけて築いたものを、一緒に守りたい」


「単純だよね」

 ゲラゲラ笑う冬樹の姿は、やはり直哉の親友だった。

 そんな彼に、菜摘も思わず微笑んだ。


「リベンジだ。次は……」


「命をかけて、ですね」


 そう言って二人は、ロビーへと歩を進めた

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