第六十五話:魔女社会
「マジ無理マジ無理マジ無理!無理だって!本当に無理!」
珠玉の元から春馬に連れ出された冬樹と菜摘は、車内で騒然としていた。
「冬樹さん...勘弁してください。直哉様が第四聖教会にてお待ちです。急ぎですから、暴れないで...」
菜摘が静かに座る一方で、冬樹はひたすら声を上げる。
運転席の春馬はため息をつき、視線を前方に固定したままだ。
「てか、第四聖教会ってどこ!?第一は東京本部だよね!?」
荒ぶる冬樹の問いに、春馬は少し考えた後、口を開く。
「第四は仙台です。関東は東京の第一、神奈川の第二、茨城の第三ですね」
その答えに、冬樹は目を瞬かせて固まった。
「茨城って、何県...?なんでそんなところに支部あるの?意味わかんなくない...?」
予想通りの反応に、春馬が眉間にシワを寄せた。
「あの人、干し芋好きなんですよ...」
「は?」と冬樹が間の抜けた声を漏らす。
「はぁ!?直くんよく乾物食べてたの知ってるけど、はぁぁぁ!?何その理由!つか、茨城が干し芋の産地なのすら知らんし!!はぁ!?」
冬樹の叫びに、春馬は苦笑しながらウンウンと頷いた。
誰がどう聞いても理不尽な理由だったからだ。
「でもまぁ、高速で二時間くらいですし。どうせなら千葉のほうが良かったと思いますけどね...」
直哉の奇妙なこだわりに、二人はそろってため息をつく。
「茨城は大学付属の病院が第三聖教会に指定されてますが...実際、直哉様は年に一回顔を出すかどうかですよ。やっぱり不便だと思ってるはずです」
「直くんそういうところあるよね」
苦労人同士の愚痴が漏れる。そんな会話をしながら、高速道路を降りた。
実にここまで五時間強の道のりだった。
「はぁ〜!疲れた!なんで高速?飛行機で良くない?」
冬樹が肩を回しながら言えば、沈黙していた菜摘が小さくため息をつきながら口を開く。
「どこのどんな会社が珠玉の傘下か分からない以上、飛行機なんて使ったら情報ダダ漏れですよ...」
「あ、そっか」
納得した様子の冬樹が頷く。
「もう少しすれば医療センターです。それまで辛抱してください」
春馬が優しく言ったその瞬間、冬樹の動きが止まる。そして次の瞬間、ガタガタと震えだした。
「降ろして!マジで降ろして!!ヤバイんだって!!直くん絶対僕のこと嫌いだから!!会えないよ!!」
声を張り上げて暴れる冬樹を、春馬は苦い顔で横目に見た。
五時間強の道中で積み重なった疲労に、春馬は「帰ったら胃薬だな...」と決意する。
「着きましたよ。早く降りてください」
医療センター前に車が停まる。
「嫌だって!無理!」と大騒ぎする冬樹を、春馬は半ば引きずるようにしてセンターの中へ入れた。
「お前ら!!ここが落ちたら、日本にはまた...混沌の時代が来る。何としてでも癒しの魔女様をお守りするぞ!!」
ロビーは人で溢れかえり、緊張感に包まれていた。
殺気立つ人々は口々に祈りの言葉を呟く。
「創造神様...我々に大いなる御加護を」
「癒しの魔女様に栄光の勝利を」
「この、人たちは...?」
冬樹は目を大きく開いた。
後ろを歩く菜摘も、唖然とした表情で口を開けている。
「皆が満足に医療を受けられず、教団派閥による医院の私物化で高額な治療費に苦しんでいた日本。そんな日本に革命を起こした男が歩んだ16年という月日を...有志で立ち上がった人々が守ろうとしているんですよ」
ロビーを埋め尽くす人々。
彼らは珠玉の宣戦布告を聞きつけ、癒しの魔女――直哉を守るために集ったのだ。
「春馬様!そちらの方々は?」
ロビー中央で訴えていた男性が人混みをかき分け、駆け寄ってきた。
春馬は軽く一礼する。
「つい先程、叡智の魔女の屋敷が珠玉により陥落しました。この方々は巻き込まれてしまった一般市民です」
「そうでしたか!見たところ目立った外傷がなく良かった...。申し遅れました、私は笹野と申します。我々は有志の組織ですが、必ず一般市民と癒しの魔女様をお守りします」
笹野の真剣な眼差しに、冬樹は酷い罪悪感を覚えた。
自分が魔女だと告げればつまみ出されるのは明白だ。だが、何も言えない。臆病な自分が嫌になった。
「一般市民も、集まってるの?」
ロビーを抜ける際、冬樹はぽつりと呟く。
「命を救ってくれた癒しの魔女と滅ぶのなら、それは...我々の本望だと。ご自身を肉壁にでもと考えている方々も集まっています」
魔女社会。
それは信仰と共に生まれ、信仰と共に滅ぶ。
人々は唯一神である創造神を崇めながらも、形ある存在に救いを求めてしまう。
「魔女やそれを信仰する人々を嫌った直くんが...皮肉なことに、自分自身が信仰されるなんてね」
冬樹の呟きに、春馬と菜摘は視線を落とす。
「あ、」
廊下の角を曲がった先に、その人影があった。
「直哉!!あんた34にもなってバリウムで遊ぶんじゃないわよ!!」
母親に正座させられ、説教されている直哉の姿があった。
「バリウムとハーバリウムって似てたからね」
「このおバカ!!」
昔と変わらない光景に、冬樹の目に涙が滲む。
菜摘は悩みが馬鹿らしくなるほど、声をあげて笑った。
ロビーにいた人々もまた、暗い顔が少し明るくなり「バカだなw」と笑い合う。
きっとこれも、直哉なりの気遣いなのだろう。
「あら、ゆっくんじゃない!久しぶりね!」
母親の視線が冬樹に向き、直哉はホッとした顔を見せる。
冬樹は「お、お久しぶりです」と苦笑した。
「冬樹」
少し間を置き、直哉が真剣な表情で名前を呼ぶ。
その空気に、冬樹の顔は強張った。




