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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第六十三話:お母さん

「あら、叡智の魔女様。おはようございます」


 目を覚ますと、頬に微かな温もりが残っていた。

 坊さんに抱き枕にされるような体勢は少し窮屈だった。

 でも、誰かに抱きしめられて眠る経験なんて今までなかったから、胸の奥がじんわりと温かい。

 心なしか、体も軽く感じた。


 起きてリビングに向かえば、昨日坊さんと激闘していた母親が笑顔で出迎えた。


「ひより」


 私は服の裾をキュッと握りながら、小さく名前を口にした。

 母親は「ふふっ」と楽しげに笑みをこぼす。


「ひよりちゃん、おはよう。朝ごはんはご飯がいい?それともパン?」


 モジモジしながら「おはよう」と短く返す。

 ご飯が何なのか分からず悩んでいると、「ほら」と白い塊を差し出された。


「嬢ちゃん、おはようさん。直哉が悪かったな。アレは根は真面目なんだが、どうも掴みどころがない男でな」


 父親だろうか。優しい目で笑いかけてくる。

 白い塊を受け取りながら「おはよ」と小さく返すと、クンクンと匂いを嗅いだ。

 なんだか美味しそうで、パクリと口に含むとアツアツだった。


「ふふふっ。朝ごはんはお父さんの担当なのよ。昔の人だから、実はご飯しかないのよ」


 母親が笑いながらそう言った。

 私は少し恥ずかしくなりながら、手についた米粒を見つめた。


「手洗いに行きましょうね。お母さんと一緒に行きましょ」


 その一言に、心臓がドキリと跳ねる。


 “お母さん”


 その響きが、胸の奥をキュッと締め付けた。


()()()()()


「なあに?」


 心底楽しそうな声。

 その姿を見て、私の中にも温かいものが広がった。


「はぁ...今日も研修か...死ぬ」


 手を洗い終えてリビングに戻ると、坊さんがドカッと座り込んでいた。

 テーブルの上には朝食がずらりと並んでいる。


「こら!!直哉!!あんた、他所様のお宅の娘さんと一緒に風呂入って寝る破廉恥な男に育てた覚えはないわよ!!ちょっとそこ座んなさい!!」


 坊さんが「もう座ってるよ...」と力なく呟くも、母親は鬼の形相で坊さんに駆け寄った。


「いつもああなんだよ。許してやってくれ」


 父親が大きな手で私の頭を撫でる。

 その手の温もりに、ポカポカと心が満たされていく。

 きっと、幸せってこういうものなんだろう。


「ひよりちゃん、お手手合わせてね。少しだけ待っててね」


 母親VS坊さん、一戦目は母親の勝利。

 バタバタとしながら全員が低いテーブルの席に着いた。

 私がご飯に手を伸ばそうとしたとき、母親が優しく声をかける。


「そう、上手ね〜!そのまま、"いただきます"って言ってごらんなさい」


 言われるまま、「いただきます」と小さく呟く。

 すると周りの人たちも一斉に「「「いただきます」」」と続いた。

 最初は何事かと思ったけれど、それが食事を始めるための挨拶だと知った。


「直く〜ん!!ヤバイよ!!今日お局様いる日だって!!」


 私がお箸の使い方についてレクチャーを受けているとき、リビングの窓を勢いよく開けて顔を出す人物がいた。


「げっ。ゆったん、それもっと早く言ってよ!!」


 “ゆったん”。

 そう呼ばれた人物の言葉に、坊さんは大慌てでビニール袋に白米とおかずを詰め、昨日の白衣とカバンを手に取った。


「あれ、直くん妹?」


「ん?あ、そーそー。可愛いでしょ?」


 そんなやりとりの後、二人が私をじっと見つめる。


「良い子にしててねん。お兄ちゃんすぐ帰ってくるから」


「妹ちゃんまたね〜」


 二人に頭を撫でられ、くすぐったいような、不思議と嬉しい気持ちになる。

 満足したのか、坊さんとゆったんは駆け足でどこかへ向かっていった。


「あの馬鹿息子!!ひよりちゃんの髪の毛にご飯粒ついてるじゃない!!」


 また爆弾を落としていった。



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