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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第五十九話:招かれざる客

 開闢がひよりを連れて行く。

 その後ろ姿を、菜摘と冬樹はただ見送ることしかできなかった。


「チッ…あのバカ、電話が繋がらねえ!!」


 菜摘は苛立ちを隠せず、何度目かの着信ボタンを連打した。

 ただ鳩尾に一撃が入っただけとは到底思えない。

 奏人が開闢の攻撃でダウンしてから数時間が経つが、魘されるばかりで、呼びかけにも反応がない。

 直哉に電話をかけるが、無情にも応答できないという趣旨の機械音が続いた。


「菜摘様!!大変です!屋敷の外に珠玉と思しき人物と、多数の武装した人影が!!」


 隼人が慌ててドアを開けて飛び込んでくる。その報告に、菜摘の脳裏で開闢の言葉がリフレインする。


(――君が撒いた種だ。自分の尻は自分で拭うべきだよ。私は君たちがどうなろうと知ったことではないが、この子だけはもらっていく)


「和哉は?」


「奏人様が目覚めたときのために、温かい食事を…と厨房に」


 この屋敷に残っているのは、奏人、隼人、和哉、冬樹、そして菜摘の計五人。

 硝子は屋敷中を探したが見当たらず、奏人は依然として意識不明のままだ。


「和哉と隼人の二人は、奏人を連れて裏口から逃げろ。

 どこかの病院に入って直哉の名前を出せば、匿ってもらえる。

 冬樹さんは…俺と、残ってもらえませんか?」


 菜摘の声には決意が滲んでいた。殿は、自分と冬樹にしか務まらないと悟っていたからだ。


「はあ!?あんたら、残ってどうすんですか!!一緒に逃げましょ…」


「無理だ」


 菜摘は短く言い切った。その声音は僅かに震えていた。


「なんで、無理だって分かるんですか!!」


 隼人は声を荒げた。冬樹は隼人の姿を見て、拳を握りしめ、震える手を無理やり納めていた。


「分かるに決まってんだろ。珠玉の魔女を一番近くで見てきたのは俺だ。もし魔女に序列をつけるなら――間違いなく、魔法において最強の座に名乗りを上げるのは珠玉だ。開闢の得体の知れない魔法とは、比べ物にならない!!」


 隼人は、その言葉を聞いて黙り込んだ。

 いかに珠玉が強大かを理解したからではない。


「あんた…」


 菜摘が、見て分かるほど震えていた。

 こんなにも覇気を失い、弱々しい菜摘の姿を見るのは初めてだった。

 隼人は言葉を詰まらせ、しぶしぶ従うしかなかった。


「置いてかれたって、後で文句言わないでくださいね!!」


 震える菜摘を背に、隼人は罪悪感と得体の知れない悲しみで声を震わせた。

 奏人を引きずるように抱え、和哉とともに裏口から部屋を飛び出していく。


「今日は朝からなんなんだよ…開闢がひよこちゃんを連れて行っちゃうし、奏人くんは起きないし、挙げ句の果てに珠玉が屋敷を包囲!?なにそれ…ムリ」


 隼人たちが去るや否や、冬樹が吐き出したのは弱音だった。

 肩を落とし、顔を覆いかけた冬樹を見て、菜摘は思わずクスッと笑った。


「冬樹さんは、空気とか周りのこととか全部無視して、弱音を吐ける人なんですね」


「仕方ないじゃん!!」


 そう叫び返す冬樹だが、止まらなかった手の震えが少しずつ落ち着くのを感じていた。

 この会話が、ほんの少し心を軽くした。


 コンコンコン


 次の瞬間、隼人が出ていった扉からノック音が響く。

 間違いない――来客だ。


「どうぞ」


 菜摘が静かに告げると、ガチャリと扉が開いた。


「どうやら、他の者は逃げたようだな」


 招かれざる客は、やはり珠玉の魔女。その堂々たる姿に、冬樹は無意識に後ずさった。


(ーわざと逃がしたんだろうが)


「本日はどのようなご用件で?」


 しかし菜摘は心の中で悪態をつきながらも、一歩も退かず、真っ直ぐな瞳で珠玉を見据えた。


「突然のお前からのメールに、おかしいとは思っていた。交流などとうに途絶えたはずの塩屋家に出入りしていると思えば、叡智の元で下僕か」


 眉間に深い皺を刻みながら話す珠玉。その威圧感に、冬樹はさらに後退りし、足元まで震え始めていた。


「…ですから、ご用件は?」


 それでも菜摘は、微動だにしなかった。決して相手に動揺を見せない。


「簡潔に言おう。叡智の魔女、そして癒しの魔女に宣戦布告を行う。すでに双方の居場所は特定済み。手紙も送っておいた。そして――白百合(しらゆり)菜摘。お前を()()()()に連れ戻す。末の弟ゆえに不自由も感じるだろうと今までは口出ししなかったが、今回ばかりは許容できない」


 珠玉の声は低く、重く、部屋の空気を一瞬で支配した。

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