第五話:信仰心
この作品を読んでいただきありがとうございます。
10万字を越え、記念にご要望のあったキャラクターの自己紹介も兼ねた番外編を書くことを予定しています。今の所、他サイトで奏人の名前は上がっております。
ぜひ、活動報告や作品感想にてキャラクターをリクエストいただけると嬉しいです!
最新話まで読んでいないという方でも大丈夫です!!感想とか書くの面倒だなって思うかもしれませんが、寛大な心でよろしくお願いします!!
祈りを終えて部屋に戻ると、少女は帰るや否やまた動画に夢中になった。おそらく一時間ほどだろう。静かにスマートフォンを見つめる少女の横顔をちらりと盗み見ながら、暇を持て余した奏人は床に転がり、ゴロゴロと無意味に体を揺らしていた。
「奏人、日用品揃えに行こうよ。あとついでに朝ご飯」
唐突な誘いに、奏人はバッと上体を起こし、そのまま四つん這いの勢いで少女のもとへ駆け寄った。嬉しさを隠しきれない笑顔に、少女もつられて頬が緩む。
「着替えてくる!」
そう言い残し、少女はぱたぱたと部屋の奥へ駆けていった。
「奏人も早く!」
クローゼットの前でこちらを振り返り、子供のように手を振る少女の姿に、奏人は優しい微笑みを返した。ああ、十和子の目に映る自分は、きっとあんな風だったのだろう。嬉しそうで、無邪気で、そしてどこか儚げで。そんな思いが胸をかすめ、目頭が少し熱くなった。
もちろんそんな感傷を知る由もない少女は、クローゼットを開け放ち、何のためらいもなくオープンに着替え始める。奏人はといえば着替えの服など与えられておらず、今の服をそのまま着続けるしかない。仕方なく少女の着替えが終わるのを待ち、ようやく屋敷を出ることになった。
それにしても、子供らしく振る舞う少女の姿は妙に自然で、今の方がずっと少女にしっくりきているような気がした。
「魔女様、なんで表から出ないんですか?」
裏門からそっと抜け出すのを見て、思わず問いかける。さらには少女の部屋の窓からカーテンを垂らして外に降りた時など、驚きで声が出そうになった。
しかし少女は視線を合わせず、小さくため息をつきながらとんでもないことを口にした。
「私、教徒の誰かが側にいないと外出ちゃダメだから」
「え…?」
「見つかったら強制送還だから気をつけて」
その言葉に奏人は一瞬で顔色を失い、ブンブンと頭を振って周囲を警戒した。幸い、今のところ誰にも気づかれていないようでホッと胸を撫で下ろす。
「ここだよ」
突然声をかけられ、ビクリとする。
「ここですか!!」
コソコソと屋敷を抜け出したあとも、周りを気にしてキョロキョロしていた奏人は、少女の案内でようやく目的地に辿り着いた。
そこは、魔女グッズや祈祷用の道具、さらには怪しげな魔女養成所まで並ぶ、一角の商店街だった。
「車の窓からよく見えてたから。気になってたんだよね」
少女の視線の先には、一際目を引く大きなMの看板が掲げられている。
「おぉ〜」
思わず声を漏らす奏人に、少女が説明を添える。
「モックドナルド。ハンバーガーっていうものを売ってる店」
「ハンバーガーって何ですか?」
首を傾げる奏人に、少女は一言。
「さぁ?」
二人揃って何も知らないまま軽いノリで入店したのだから、ある意味で大物だ。
「いらっしゃいま…ま、ま、ま、魔女様!?」
店内は大行列。だが、少女の姿を見た瞬間、人々は蜘蛛の子を散らすように左右に避けた。中には地面に膝をつき、額を床に擦りつけている者までいる。
「魔女様、あの方は何をしているんですか?」
頭を垂れる人を指差す奏人に、周囲の視線が一斉に集まる。怒りで顔を赤くする者、恐怖で青ざめる者、その反応は様々だった。
「頭を垂れてる人は私を信仰してる人。頭を垂れてない人は、他の魔女を信仰してるか反魔女の人間だろうね」
少女が目を細めて辺りを見渡すと、肩をビクリと揺らす者もいて、その推測が正しいことが伺える。
「反魔女?」
「創造神様や魔女をよく思ってない人間。たまにテロを起こしたり、魔女や魔女の卵を殺したりする連中」
「危ないですね…」
「そうだね」
少女は軽く返し、そのままレジに向かった。
「並ばなくていいんですか?みんな並んでましたよ?」
奏人の素朴な疑問に、周りの客は開いた口が塞がらない。「何を言っているんだ?」とでも言いたげな視線が突き刺さる。
「と、とんでもございません!!最優先でお作りさせていただきます!!」
店員が慌ててそう言ったが、少女は「いいんだよ」とだけ返す。しかし奏人は納得がいかない顔をしていた。
その表情を見た少女は、ふっと笑い、
「いいよ。私たちも並ぼう」
その一言で、店内の空気が凍りつく。客全員が真っ青な顔で立ち尽くし、次に何をすべきかわからず硬直していた。
「どうしたの?私が言ってるんだよ?」
少女のその声を合図に、客たちは慌てて元の列に戻った。
「すごいですね!」
息の合った団体行動に、奏人は目を輝かせていた。たしかに数秒で列を整える様子は見事だった。
「満足した?」
「はい!」
元気よく返事する奏人に、少女は子供のわがままを聞いてあげたような微笑みを浮かべた。
その間も客たちは「魔女を待たせてはいけない」と全員ドリンクだけを頼んでいる。
「た、大変お待たせいたしましたっ!!」
「誠に申し訳ございませんでした!」
10分も待たず、店の奥からは店長と他店から駆けつけたマネージャーが土下座せんばかりの勢いで現れた。
「初めて待ったけど、案外待つのもいいね」
奏人は楽しそうに「あれ美味しそう」「これもいい」と次々メニューを指差す。そんな様子を見て、少女は上機嫌だった。
「メニューとかよく分からないから、適当に二人分持ってきてよ」
「はい!!かしこまりました!!」
マネージャーに案内され、店の奥の席に着く。運ばれてきた料理は明らかに二人分どころではない量だった。
「お持ち帰りの場合は新しくお作りしますので!食べきれない場合もご遠慮なく残してください!!」
深々と頭を下げる店長とマネージャー。その挙動不審ぶりに、少女と奏人は思わず笑った。
「これ、どうやって食べるんです?」
包装紙をつまむ奏人に、少女は手探りで答える。
「多分外すんじゃない?」
試行錯誤の末、結局ホットケーキ用に付いていたナイフとフォークで食べることに落ち着いた。
その様子を影から覗く店長とマネージャーは「違う違う、そうじゃない…!」と言いたげだったが、魔女を前に何も言えない。
「食べ方にも多様性の時代だよね」
少女が呟き、自己完結していた。