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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第五十七話:昔の記憶


この作品を読んでいただきありがとうございます。

10万字を越え、記念にご要望のあったキャラクターの自己紹介も兼ねた番外編を書くことを予定しています。今の所、他サイトで奏人の名前は上がっております。

ぜひ、活動報告や作品感想にてキャラクターをリクエストいただけると嬉しいです!

最新話まで読んでいないという方でも大丈夫です!!感想とか書くの面倒だなって思うかもしれませんが、寛大な心でよろしくお願いします!!


 病院で、生命が誕生する。そんなことは珍しくないどころか、今や当たり前の光景だ。泣き笑う両親と、笑顔を貼り付けた看護師に抱かれ、めいっぱい泣き声を上げる赤子――それは今も昔も、人々が思い描く理想の姿。


「女の子じゃ…ない…?」


「なんてことだ…」


 しかし、稀にイレギュラーも存在する。


「女の子じゃないなんて!!もう一人…もう一人だけ…ね?」


 ここに、一組の夫婦があった。三人の息子に恵まれていながら、妻は執拗に「娘」を欲していた。検査では医師から「女の子」と伝えられ、待ちに待った末の出産。だが、生まれてみれば…またしても男の子だった。


「奥様。奥様はもう40歳を超えておられます。今回でさえ困難を極めた出産で…」


「うるさい!!医者が黙ってなさい!」


 分娩を任されたのは、夫婦と長年懇意にしていた小さな医院の医者一家だった。懇意であったからこそ、必死に「もうやめましょう」と説得したが、妻は一切耳を貸さなかった。


「母様。私は弟が嬉しいです。いえ、例え弟でも妹でも、兄弟が増えるのは嬉しいのです」


 10歳。その年齢に不似合いなほど凛とした顔立ちの少年が、母親に静かに告げた。彼は、この家の長男だった。


「貴方に何がわかるっていうの!!男のクセに、何が分かるっていうのよ!!」


 息子への当たり方とは思えない言葉。冷たい瞳は、そこにいるはずの我が子ではなく、別の何かを見ているかのようだった。


 間もなく、母親は首を吊った。幸い一命は取り留めたが、そのまま精神病棟へと隔離されることとなる。そして、この第四子の出産を境に、医者一家と夫婦の関係は断たれた。


「兄様が遊んでやろう」


 母親の自殺未遂を発見したのは長男だった。あの凄惨な光景を目の当たりにしても、眉一つ動かさず、近くの使用人に冷静に報告したという。


「おれは…おんなじゃないです」


 母の崩壊後、父は人が変わり、屋敷の使用人たちさえ口を揃えて「あなたは女の子です」と刷り込み続けた。母が準備していたフリルだらけの服や靴を着せられ続けた四男は、いつも影で泣いていた。


「あぁ。兄様の目にもお前は男に見える。だから、もう泣くな。男が簡単に泣くものではない」


 すべてが狂い始めて十年。10歳となった四男を前に、長男はそう告げる。無表情を崩さず、それでも口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。


「…」


 忘れもしない。その時の長男は――これまで誰にも見せたことのない、優しい笑みを弟に向けていた。


「あの時、なんて言ってた?」


 秋だというのに、肌がじっとり汗ばむ。菜摘はベランダへ出て、大きく深呼吸をした。

 オークション準備がやっと一段落し、気を抜いた途端に仕事中に寝落ちしてしまった。深いため息とともに曇った夜空を見上げる。星の一つも見えやしない。


「穿て!!」


 突如、下から鋭い叫び声。


「っ!!ぶね!!」


 何事かと身を乗り出すと、頬をかすめそうな勢いで炎の矢が飛んだ。間違いなく、ひよりの仕業だろう。


「花火みたいになりませんね」


「そ〜ですね。なると思ったんですけど」


 聞き覚えのある声に目を凝らすと、硝子と奏人がいた。


「お前ら!!そこで待ってろ!!」


 怒声を響かせ、菜摘の眉間に皺が寄る。夜遊びどころか火遊びまで屋敷の中庭でやるとは。しかも未成年まで混ざっている。あの叫び声では、かなりの力で放っていたはずだ。下手をすれば――


 考えながら中庭に降り立つと、すでに硝子と奏人は影も形もなかった。


「お月様、隠れたら可哀想。せっかく宝物みたいなのに…輝けないよ」


 ひよりの呟きに釣られて空を見上げる。先ほどまでの厚い雲は嘘のように消え、そこには星々と丸い月が浮かんでいた。


(なんで宝物なんだ?)


そんな疑問が頭を過る。


「お月様は宝物なんだ。だから雲がすぐ隠したくなるの」


なるほどな。確かによく隠される。そう思いひよりを見た。


「ポエムでも書くのか?」


 夜空の美しさに、菜摘は苦笑しながら言った。


「分からない。でも…私の苦しみも痛みも、楽しいも幸せも、全部。いつか、辛い思いを抱えてる人の心に届いたらいいな」


 まだまだ半人前。それでも――


「届いてるぞ。ありがとな」


 この夜空に救われた。憂鬱な朝も、面倒な仕事も、この空とバカな仲間たちのためなら頑張れる。そんなことを考え、菜摘は心からの笑みを浮かべた。


「魔法の使い方、上手くなったな。あれだけ叫べば、辺り一面が熱波で焼け焦げると思ったぞ」


 菜摘が目を細めると、ひよりは誇らしげな顔をした。


「電子レンジでたい焼きが割れないイメージが大切だって言ってたから」


 その表情はドヤ顔のつもりだろうが、菜摘にはただ嬉しそうにしているようにしか見えなかった。


「たい焼きが混ざってきてるぞ。正しくは電子レンジで卵が割れないイメージだ。つか、アニメ見てないで寝ろ」


 優しくデコピンすると、ひよりはムスッと頬を膨らませた。


「なんで分かったの?魔法、上手くなったって」


 拗ねるのも束の間。コロコロと表情を変えるひよりに、菜摘は鼻で笑う。


()()にはお見通し、ってな」


 その言葉に、ひよりは首をかしげるばかりだった。

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