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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第五十六話:売られた喧嘩

 魔女。その二文字に、面々は息をのんだ。


花園 愛莉(はなぞの あいり)。魔女になる前は子役として活躍していた。そして最近、自分が魔女であると公表した。メールは彼女の事務所からだ。ザックリ言えば『花園をオークションのイメージキャラクターに起用してください』って話。報酬は売上の1%」


 それだけなら受けても良さそうに思えるが――考えが甘い。


「車、いくらで売ろうとしてるの?」


 そう問う冬樹の声には、微かな緊張が混じっていた。

 菜摘は「そこだ!」と言わんばかりに拳を握る。


「トヨダの対魔女モデルのスポーツカーを初めとした希少な車は億が普通。安い車でも一千万以上だ。加えて魔女の所有物っていうだけで元値以上の付加価値がついてる。前代未聞のオークションだから相場もなく、スタート価格は希望価格だ。全体の売上は、すべてスタート価格で売り切った場合――50億は超える見込みだ」


 その数字に、冬樹は盛大に吹き出した。


「50億!?数字がメチャクチャなのに、その1%!?何もしてないのに!イメージキャラクターなんていらないじゃん!魔女三人の共同開催って時点で十分イメージだよ!!」


 和哉たちも顔を見合わせ、頷いた。

 一方で、ひよりは花園の話を聞き、小さく首を傾げる。


「他の魔女はどうなってるの?」


 “他の魔女”。それは珠玉と開闢のことだ。質問に菜摘は「はぁ…」と糞デカいため息をつく。


「開闢が5%、珠玉が10%。どっちも莫大な額だ。だが花園との決定的な違いがわかるか?」


 その問いに、冬樹がハッとする。


「開闢を信仰してるのは富裕層が中心。経営者、政治家、軍部や警察…取り締まりを見逃してほしい連中まで集まるらしい。つまり、開闢の目を引こうと会社ぐるみで落札合戦に躍起になる可能性が高い。入札価格が釣り上がる」


 冬樹の分析に、場の空気が重くなる。

 菜摘は無言で頷き、胃を押さえる仕草をした。


「もしかして…さっきオバサンが来てたのって」


「それ以上言うな…胃の痛みがぶり返す…」


 まさか開闢本人が「遊園地でも」などと抜かして交渉に来るとは。

 ひよりは次会ったら本気で引っ叩こうと決意した。


「珠玉はというと、大企業の跡取り息子から魔女に大抜擢された異色の経歴だ。今や一強。かつてのライバル会社も今は手のひら返しだし、開闢同様に珠玉の目を引きたい企業がこぞって名乗りを上げるだろうな」


 菜摘の説明に、面々の表情はますます険しくなる。

 女優だかアイドルだか知らないが、花園の存在感が薄すぎる。そんな奴に1%?いらないだろう、と。


「無名女優の名前売ってやるから金払ってくださ〜い、って返信したらどうです?」


 奏人の悪ノリに全員が「それな」と頷く。

 もちろん世間では国民的女優だが、この場の面々には無名同然である。しかし、この無自覚な空気感こそ彼ららしい。


「喧嘩売ってきたのは向こうだしな。そう返信しとく」


 菜摘は意気込んだ。


「あと二件は?」


 ひよりが問うと、菜摘はヒラヒラと手を振る。


「見る価値もねぇ連中だ。即断った」


 菜摘の苦労を察し、和哉は「夜食でも差し入れよう」と密かに決意。隼人も「俺に手伝えること探そう」と心で呟いた。


「さて、面倒な話しはここまで。残りの8件は全部、言い値で買い取らせてほしいって内容だ。オークションが始まると競り合いで価格が跳ね上がる。だから始まる前に話をつけたい魂胆だろうな」


「どうする?」


 菜摘に問われ、ひよりは沈黙する。

 オークションの知識はない。言い値で買い取ってもらうべきか、出品すべきか。打診してくる時点で競り合いで釣り上がる可能性が高いと見て断るべきか…。


「打診してきたのはどんな人たち?すごい人や偉い人はいる?」


 ひよりが問えば、菜摘は感心したように頷き、ひよりの頭を撫でた。


「まぁ、中の下だな。金額が金額だ。オークションで最終的に生き残るのはこの国でもトップ層の連中だろう」


 菜摘の答えに「じゃあ、お断りする」とひよりが言うと、「もう断った」と即答され、ひよりは頬を膨らませる。


「じゃあ聞かないでよ…」


 ぷくーっと膨らむひよりに場が和んだ直後。


「菜摘」


 低い声が響く。全員の視線が冬樹に集まった。


「僕、固定CPだから。菜摘とひよりは無理です」


 唐突な発言に、ひよりと奏人がポカンとする。

 和哉と隼人はそんな二人を見て困惑。

 なお、硝子はすでに早食いを終え、飽きてどこかへ消えていた。


「私はいいと思いますけどね。ひより様なら奏人様でも菜摘様でも幸せそうですし」


「奏人様はないでしょ…」


 和哉と隼人で意見が割れ、微妙な空気が流れる。

 それを見た菜摘は穏やかに笑い、口を開いた。


「歳の差的にも、兄貴くらいがちょうどいいだろうな」


 そう言いながらひよりの頭をまた撫でる。

 ひよりはコクコクと頷き、皆の視線に気づかず頬を緩めた。

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