第五十五話:謙遜と本音
ゲッソリとした菜摘が登場。カオスがカオスを呼ぶのであった。
「菜摘?」
顔色の悪い菜摘に声をかけたのは冬樹だった。
「っ!! 冬樹さん!」
驚いた菜摘だったが、体調が悪化しているのだろう。よろめき、そのまま倒れそうになる。すぐさま奏人が腕を掴んで支えた。
「悪い…」
「スマホのお礼です〜」
奏人の明るい声に、菜摘は内心設定の礼がこれなのか…と突っ込みたくなるが、口に出すほどの気力はない。
「奏人くん。部屋まで運べる?」
先ほどまでヘタレを極めていた冬樹が、ここで意外な頼もしさを見せる。「は〜い」と返事をし、奏人は菜摘をおんぶした。
「だ、大丈夫ですかね?」
心配そうに言う和哉に、ひよりはクスッと笑いながら答える。
「医者ではないけど、昔は研修医やってたらしいから大丈夫だと思うよ」
その言葉に、和哉は何となく納得する。
(だから兄は冬樹さんの話だけしていたのか…)
直哉は菜摘のことも、ひよりのことも、誰の話も滅多にしなかった。唯一、冬樹のことだけは語った。兄にとって冬樹という存在がいかに大きかったか、和哉はその片鱗を感じ取った。
「それより、硝子止めなくていいの? 確か、食器用洗剤がこの間のテレビで話題になって、今品薄で高騰してるんでしょ?」
「そうでしたっ!! 高いんですから許しませんよ、硝子!!」
和哉の顔は戦闘モード。ひよりは心の中で呟いた。
(硝子って、ほんとろくな事しない大人だよね…。でも、私の周りはそんな大人ばっかだし…)
ため息が漏れる。
「硝子!!」
風呂場へ駆けていく和哉を、ひよりも後ろから追う。すると、風呂場の扉の隙間から泡が溢れ出していた。
「あわあわだ…」
泡の中から硝子を引きずり出す和哉。一方、ひよりは興味津々で泡の海に足を踏み入れる。
(楽しそう…)
そこへ通りかかった隼人は、後にこう語った。
「地獄絵図を見たので、スルーしました」
結局、今日も今日とて騒がしい一日を過ごした面々。やっと落ち着きを見せ、少し体調が回復した菜摘がみんなの前に姿を現したのは夕食のタイミングだった。
「で、硝子。言い訳は?」
テーブルに並ぶ料理を前に、禊の時間が始まる。鬼の形相の和哉が硝子の前に立ち、周囲はゴクリと息を呑んだ。
「テレビでスキー特集やってたので。庭に人工雪を降らせようかと思いました」
その言葉に全員が同時にため息をつく。無理だ。怒っても無駄。硝子は完全に“アッチ側”の人間だ。主に“アッチ側”とは、直哉や開闢といった唯我独尊で自分の非を認めないし、なんなら悪いとさえ認識していない面々を指す。
「次からは気をつけてください…」
和哉は燃え尽きたような表情でそう告げる。周りは小さく合掌をして、彼の心労に祈りを捧げた。
「いただきます」
その合掌を“いただきます”と勘違いしたひよりが呟く。全員、一瞬指摘すべきか迷ったが、結局何も言わず、本日の食事は曖昧なスタートを切った。
「久々に母親以外の手料理食べたよ…和哉くんはいい夫になるね」
ズビッと鼻をすすり涙ぐむ冬樹。その姿に、和哉とひよりはマザコンなのかこの人と心の中でツッコミを入れる。
「悪い、食事中に俺からいいか?」
各々が食事を楽しむ中、菜摘が手を上げた。全員の視線が集まるのを確認し、口を開く。
「オークションカタログができた。それに伴い、今日の昼から公開してたんだが、11件メールが来てる」
「11件のメール?」と首を傾げる面々。その反応に、ひよりは目を細めた。
「オークションの話を一枚噛みたいっていう、共同開催の打診?」
菜摘は頷く。周囲の面々は一瞬緊張したが、その返答にホッとする。
「ただ、どれも上から目線でふざけた奴らばかりだ。弱ってる教団相手に一儲けして、吸い付くしてやろうって魂胆が見え見えだ」
「上等だ」
目を釣り上げ、拳を握る菜摘。その姿に、ひよりと奏人は楽しそうに笑っていた。硝子はボーッとしているし、隼人と和哉は胃薬を持ってくるか否かの相談をしている。
「羨ましい…」
情けない顔で呟いたのは冬樹だった。
「ゆったんも、一緒にする?」
ひよりの真っ直ぐな視線に、冬樹は目を見開いた。が、次の瞬間には…
「む、無理だよ…。僕、ナンニモデキナイヨ…」
めちゃくちゃ誘ってほしそうに謙遜し始める。付き合いの長いひよりと菜摘は、これを肯定と取った。しかし…
「じゃあ仕方ないですね〜」
「そうですね。無理はなさらないほうがいいですよね」
奏人と隼人は、その言葉を文字通り受け止め、否定と取った。
「ごめん!! ごめんなさい! 僕もやりたい! 僕も入れて!!」
泣きながら意思表明する冬樹。その姿に、菜摘は思わず吹き出し、案外、奏人や隼人との相性も良さそうだなと微笑んだ。
「でだ。話を戻す。共同開催の打診はメール11件のうち3件。内一人は――魔女だ」




