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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第五十四話:未知の単語

 ノックの後、言葉もなければ入ってくる気配もない。ひよりと泰人が戸惑っていると、部屋の中から誰かの声が聞こえた。


 その声に驚き、ひよりは肩をビクリと揺らしたが、小さな声で「ひより」と呟いた。


()()()ちゃん!?」


 ひよりの名前を聞き取った瞬間、ドアが勢いよく開かれた。次の瞬間、部屋から飛び出してきたのは、直哉よりも背が高いノッポの男性だった。


「と、誰? え……彼氏?? 結婚報告?」


 ひよりに抱きついた男性は、すぐそばにニコニコと立つ奏人に気づき、目を丸くした。


「弟子」


 ひよりがさらりと言えば、男性は「弟子!?!?」と声を張り上げ、驚きのあまり口をパクパクさせる。


「ひより様、この人は?」


 奏人が純粋な疑問を投げかけると、ひよりは少し考えるような素振りを見せたが、迷いのない瞳で答えた。


「お兄ちゃん…みたいな人」


 その答えに、奏人は「おぉ〜!」と謎の歓喜の声を上げる。


「てっきり、ひより様のお兄さんは塩屋さんだと思ってました〜」


 ホッとしたような顔を浮かべる奏人に、ひよりは呆れたように肩を竦めた。


「坊さんが私を妹だって言ってるのは妄想だからね」


「は〜い」


 奏人は呑気に返す。すると、目の前の男性――冬樹は真っ青な顔で辺りを見回した。


()()()来てる!? え、もしかして、ひよこちゃん直くんに言われて家に来たの!?」


「直くん?」と首を傾げる奏人。その視線を横目で受けながらも、冬樹は落ち着かない様子だ。


 ひよりが補足するように口を開いた。


「ゆったん、坊さんは来てないよ。それから奏人、ゆったん…冬樹さんは坊さんの幼馴染。坊さんのことは直くんって呼んでるよ。ちなみにピチピチの34歳で坊さんと同い年」


 そう説明すると、冬樹――ゆったんはホッとしたように胸を撫でおろした。幼馴染という言葉に謎の親近感が湧いた奏人。「とりあえず中入る?」と誘われ、二人は部屋に入った。


「今日はね。電話の登録に来たの」


 ひよりはスマホを取り出し、見せる。


「ひよこちゃん…自由になったの? お付きの守り人いないし、うちにも来てるし…」


 かつて、不自由の化身のように見えたひよりが、スマホを持ってここに来ることに冬樹は目を丸くする。


「うん。自由にしてくれたんだよ」


 そう言いながらひよりは奏人を見やる。しかし当人は、部屋の中の物色に夢中だ。


「誰くんって言ったっけ?」


「奏人だよ」


 冬樹の問いにひよりが答えると、冬樹はズズズッと奏人との距離を詰め、突然手を握った。


「推しCPにさせてくださいっ!!」


 推しCP――オタク用語で“推しカップリング”。だが、ひよりと奏人には意味がわからず、ポカンとしたままだ。


「こら!! 冬樹!! お友達来てるんだから外出なさい!! 窓も開けてカーテンも開けて!! さっさと鍵持って出る!!」


 突然、あの優しげだった冬樹の母親が怒鳴りながら入ってきた。ドアを蹴倒す勢いである。パソコンの光だけが頼りだった部屋は、カーテンが開け放たれ一気に太陽光が差し込んだ。


「五年ぶり!? 何年ぶり!? 何年ぶりの日の光だこれ!! 辛いっ!!」


 奏人の手を握っていた冬樹は、慌てて布団に逃げ込む。


「いい加減にしなさい!! ひよりちゃんたち来てるでしょ!! あんた二倍近く歳上なんだから、ご飯の一つでも奢ってあげなさい!!」


 修羅場と化した部屋。布団を引っぺがそうとする母親 vs 引きこもり息子。その様子を目を輝かせながら見守る奏人と、無表情で眺めるひより。


「日が暮れるまで帰ってくるんじゃないわよ!!」


 最終的に布団を剥がされ、着替えさせられた冬樹は玄関から蹴り出される。「ひよりちゃんたち、冬樹をよろしくね」とニッコリ微笑む母親の姿に、二人は息を呑んだ。あの笑顔に狂気を感じたのだ。


「ひよこちゃん…外は死んじゃうよ…中がいい…」


 屋敷に向かって歩きながら、秋とはいえ暑さに顔をしかめる冬樹。


「ひより様、奏人様、おかえりなさい!」


 屋敷に入ると、一番に迎えてくれたのは和哉だった。その瞬間、ひよりは何かを思い出したように口を開く。


「ゆったん。坊さんに弟いたの知ってた?」


 その言葉に、冬樹は固まった。


「え、は、知らない。え、弟いたの!? 直くんの妄想じゃなくて!?」


 まさかの幼馴染ですら弟の存在を知らなかった。その反応に、和哉が「ああ」と思い出したように手を打つ。


「冬樹さん…鈴乃すずの 冬樹ふゆきさんですよね?」


 和哉は冬樹を見て言った。どうやら、冬樹は知らなかったが和哉は冬樹のことを知っていたらしい。冬樹は小さく頷く。


「兄が、よく冬樹さんの話をしていたので。会話の八割妄想な兄が、誰かの話をするのが珍しくて覚えていました」


 なんとも不名誉な覚えられ方だった。妄想話八割、残り二割が冬樹の話だなんて、誰が想像するだろう。


「そ、そうなんだ…直くんが僕の話をね」


 気まずそうに言う冬樹。その場に微妙な沈黙が流れる。だが、この沈黙を破ったのは意外な人物だった。


「やぁ、ひより。今日は遊園地に連れて行ってあげようと思ったんだけど…お取り込み中かな?」


「帰って、オバサン」


 まさか屋敷に開闢がいるとは思わず、冬樹は白目寸前で固まった。


「ままま、ま、っ、待って!! 何!? ドッキリ!? ドッキリでしょ!! 勘弁してよ〜!!」


 開闢に驚いた冬樹は、奏人と和哉の背後に隠れる。開闢当人は「おやおや」と面白そうに微笑んだ。


「まさか、オークションを()()()()()も一枚噛むのかい?」


 その一言で、和哉と奏人が凍りつく。


「はぁぁ!?」


 和哉が声を荒げれば、場は一気にカオスな空気に包まれる。ひよりは天を仰いだ。まさか、さっきまで軽く話していた人物が魔女だったとは。


「え、オークションってなに。どゆこと?」


 意味がわからずキョロキョロする冬樹。


「おや、遊園地はおあずけのようだ。仕事だ。泣いて止めないでくれ、ひより」


「泣いてないから、早く帰って」


 開闢は「つれないね」と呟きながらスマートフォンを見る。メールを一通り確認すると、それだけ言い残して去っていった。


「え、だから。オークションって?」


 深くため息をつくひよりと和哉。答えが返ってこず、微妙な空気に漂う冬樹。もうどこかへ行きたそうな奏人を横目に、嵐のように現れ去った開闢。


「おい、和哉。硝子が食器用洗剤を風呂に入れて泡風呂作ってんぞ…」



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