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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第五十二話:心配と鎖

 見たこともないような嫌な顔でブチ切れている直哉。あのちゃらんぽらんで笑みも絶やさぬメガネノッポこと直哉が、誰が見てもキレている顔で、言葉遣いまで荒い。これには奏人も「おぉ…」と小さく声を漏らした。


「塩屋さんもキレることあるんですね」


「うん。坊さん、オバサンのこと嫌いなんだよ。軍とか警察とかが幅を利かせて各地の病院を利用するから、癒しの魔女の恩恵があっても通常業務に支障をきたすんだって」


 しかし、驚いた顔も一瞬。呑気にもぐもぐとバーガーを食べる。フードコートのカオスを静かに見つめていた。そして、こんなに騒げば当然一般ピーポーの視線も集まる。しかし、魔女二人が揉める姿に、恐れて野次馬さえ湧かなかった。


「あぁ、坊くんじゃないか!いいところに来た。私は泰人くんに開闢の意味を…」


「……早く黙れ」


「おや、今日も一段と機嫌が悪いね。こんなオバサンで良ければ、愚痴を聞いてあげようか?」


 キレられている当の本人は無自覚。その鈍感ささえ、「シンプルにムカつく!!」と直哉は叫ぶ。直哉に同意するように、ひよりもウンウンと頷いた。


「坊さん、なんでいるの?」


 頷いたあとで、ひよりが直哉に尋ねる。塩屋直哉は医者であり、病院や消防などを束ねる長である。暇なわけがなかろうと、そんな目でひよりは見た。


「はぁ…。午前中、親父の病院で診察をやっていてね。そしたら、『血圧計でバナナは潰せますか?』って小学生くらいの男の子に言われて気になっちゃって。試したら案外潰せたんだけど…お袋に殴られたの。アザができちゃってさ…」


 全然意味は分からないが、見せられた腹には綺麗な青痣ができていた。ひよりはろくでもない息子を持った母親に同情するしかなかった。


「親父にも打たれたことないのにね…。とりあえず親父に殴られる前に逃げてきたら、たまたまショッピングモールだったってわけ。ひなち〜!!慰めてぇ〜!」


 もうお前も帰れと言いたげな目で直哉を見るひより。泰人はバーガーに夢中であり、開闢はつまらなそうに髪の毛をいじっていた。


「いまテンション低くてさ。こんなテンション低めの癒しの魔女なんて披露したら、反魔女を生んでしまうよ!!」


 全員の頭の中が一致した。「いや、意味わからんお前」である。


「つーかババア!俺とキャラ被りなんだよ!!俺の画角から消えろ!!」


 確かに終始ニコニコしてメチャクチャなことを言い出す気分屋といえば、直哉と開闢を思い浮かべる。強いて違いを挙げるなら、物理でも魔法でも強い開闢に対し、物理はもやしで魔法も攻撃系ではない直哉といったところだ。しかし、ニコニコでメチャクチャと言えば奏人も該当しそうだ。唯一の違いは、奏人には純粋な狂気と、人を強いか弱いかで判断する癖があるところだろうか。


「泰人とも少しかぶってるし。仲良く二人で消えたらどう?」


 取っ組み合いをしている開闢と直哉に辛辣にそう言えば、二人揃って悲しそうな顔をした。


「ひより、小さいときに言っていたじゃないか!大きくなったらオバサンに親孝行してあげるんだって!!」


「ひなちー、昔いってたじゃん!!大きくなったらお兄ちゃんと結婚するって!!」


 妄想癖が酷すぎる。そう思いながら、ひよりは口を閉ざした。もう一言も話してたまるかと。これには流石の奏人も引き気味で、バーガーを食べる手が遅くなった。


「何やってるんですか」


 ドスの効いた声がして振り返る。そこに立っていたのは和哉だった。


「アンタ、この間、点滴のパックにオレンジジュース入れて飲んでたのがバレて怒られたばかりでしょう。その時も逃亡したから、GPS機能付きのネックレスしてますよね?」


「久しぶりに母さんから連絡があったと思ったらアンタだよ」

 光のない目で直哉を引きずっていく和哉。その姿に、ひよりも泰人も声をかけられなかった。というか、アレが日本の医療や消防を束ねる組織のトップでいいのだろうかと、日本の未来を本気で心配した。


「彼は本当に面白いね。何故かいつも怒っているようだけど、ひよりに対しては優しそうだ」


 開闢のその言葉に、ひよりはボヤいた。


「いや、オバサンに対してだけだから。怒ってるの」


 しかし、そんな事など聞こえていないようで、ひよりはその後も開闢の話に付き合わされることとなる。


「ひより、ゲームやスマホは程々にするんだよ?せっかく若いんだ。外で遊べるだけ遊ばないと損だ」


 帰り際、屋敷の前で開闢はそんな事を言った。口を開けば自身の思想と妄想ばかりを話すこの人が、自分を心配するとは思ってもいなかった。ひよりは内心、少し驚いていた。


「今更、そんな事言ったって知らない。私は貴方が嫌い。従順なペットのように愛でては命令して人を殺させる。創造神様の思し召しのため、なんてものを貴方が口にするのは反吐が出る。全ては罪を逃れるための言い訳でしかない」


 その言葉に、悪びれる気配もなく開闢は微笑んだ。


「よく分かっているじゃないか。それで構わない」


 その言葉を聞き、ひよりは開闢に背を向けた。


「ひ〜よ〜り〜様!早く帰ってスイッチしましょ!」


 奏人に手を引かれるまま、駆け足で屋敷の中へと戻る。


「それで構わないさ。いつまで経っても、私は君を愛でよう。私は君を逃さないよ…」


 開闢の言葉を聞く者は誰一人としていない。ニヒルな笑みを浮かべる彼女の表情は、もはや“笑み”という言葉さえ似合わぬほどに歪んでいた。

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