第四話:初めての感情
この作品を読んでいただきありがとうございます。
10万字を越え、記念にご要望のあったキャラクターの自己紹介も兼ねた番外編を書くことを予定しています。今の所、他サイトで奏人の名前は上がっております。
ぜひ、活動報告や作品感想にてキャラクターをリクエストいただけると嬉しいです!
最新話まで読んでいないという方でも大丈夫です!!感想とか書くの面倒だなって思うかもしれませんが、寛大な心でよろしくお願いします!!
「おはよう…ございます…」
午前6時。動画を朝まで見続けていたせいで、数時間しか眠れていない奏人は寝ぼけ眼で少女を見た。
少女はちらりと横目で奏人を見やり、すぐに視線を落として目を閉じる。片膝を立てて祈るその姿に、奏人も釣られるようにしゃがみ込んだ。
「魔女と共に祈ることは、敬虔な教徒への第一歩だよ」
「創造神様が貴方を見つけてくれる日も近いかもしれないね」と少女は口角を上げる。
しばらく沈黙が続き、やがて奏人が口を開いた。
「祈りって、何ですか? どうすれば祈りになるんですか?」
純粋な疑問。その問いに少女は一瞬考える間もなく答える。
「さぁ。私にも分からないよ。あの女性には『創造神様は願望機じゃない』と言ったけど、正解なんてきっと誰にも分からない」
“あの女性”という言葉に、奏人は「う〜ん」と唸りながら考え込む。だが、次の瞬間「あぁ!」と楽しそうに笑った。
「意外。親しそうだったのに、悩まないと思い出せないなんて」
スラムで、少女が初めて命の収穫を躊躇したあの女性。今では気の迷いだったと割り切り、偶発的現象と位置づけているが、記憶の底からふと顔を覗かせる。
「あぁ。スラムでは人はよく死にます。だから、死んだ人は忘れるようにしてます!」
にっこり笑う奏人に、少女は思わず固まった。自分も命を刈り取った相手の顔や名前など覚えてはいない。しかし、司教ほど長い付き合いのある人間が死ねば忘れはしないだろう。わざわざ忘れようとも思わない。そんな思考が頭を巡る。
「私が怖い?それとも、恨んでいるのかな」
親しかったからこそ忘れる――それは奏人なりの前への進み方なのかもしれない。だが、いくら忘れようとしたところで、殺した相手を恨むのが普通だと少女は思う。
ぱちりと目を開いた少女の表情は冷ややかだった。自身が投げかけた問いにもかかわらず、その目は「否定は許さない」とでも言いたげ。だが、瞳の奥は確かに揺れていた。
「怖くはないです。恨みもしません。スラムの外ではきっと、それが正しいことだからです」
“それ”――魔女が天命の名の下に人間の命を刈り取ること。人々は恨むどころか涙を流して喜び、天命を懇願するあまり、創造神のみならず魔女さえ神格化して信仰の対象としている。
あの女性が死にたくないと懇願したのが初めてだった少女にとって、この世界の人々とは対照的存在が女性と奏人だった。
「じゃあ、スラムでは?」
少女の問いに奏人は少し困った顔をしたが、「いいよ」と呟く少女に促され、口を開いた。
「僕たちにとって、スラムが世界のすべてでした。飢えて死ぬ子もいれば、病気や暴力で死ぬ子もいる。みんな、生きたいのに生きられないんです。正直……」
「不思議でした。生きたいと願う十和子を、虫でも殺すみたいに平然と殺した魔女様が」
奏人の言葉に、少女は天井を見上げる。天井の絵画には、魔女と天命を懇願する人々の姿が描かれていた。
忘れるようにしているという奏人。実際、思い出そうとするまで思い出せなかったのだから、徹底しているのだろう。だが十和子――その名前があの時の女性の名であることは考えなくても分かる。それほど親しかったのだ。
「死ぬのって、怖いこと?」
そう問いかけると、奏人は「分かりません」と答える。
「女性も最期は泣いてた。死にたくないって」
天命を得て死を喜びだと信じる人々としか接してこなかった少女は、奏人の方を直視できなかった。あの時、女性に手を伸ばしたとき躊躇った感情は……
「後悔、してますか?」
“後悔”――奏人の言葉が、その感情に名前を与えた。後悔している。少女はその事実をどう受け止めていいか分からなかった。
「きっと、最初の魔女が誕生する以前は……貴方のような人がたくさんいたんだろうね」
魔女がいなければ、人々はきっと死を恐れていた。人が人を殺すことが当たり前だったわけではない。
スラムで育まれたその感性は、あるいは300年以上前から脈々と受け継がれてきたのかもしれない。それが少女にはとても興味深かった。
「私はこの先も、後悔するのかな」
後悔という味に、興味と共に芽生えた嫌悪。その感情に名前がついてしまえば、もう意識せずにはいられない。この先どんな顔をして人の命を刈ればいいのか――少女は小さくため息をついた。
「後悔するから、忘れるんです。最初からなかったことにしてしまえば、後悔しないで済みますから」
親しかったからこそ忘れる。その方法は、後悔に押し潰されないための彼なりの工夫だった。
それを聞いた少女は、ふっと小さく笑う。
「そうだね。私もそうするよ」
不謹慎――そう思いながらも、少女の笑顔は外見よりずっと幼く、奏人の目には映った。