第四十七話:変わらぬ笑み
「ほら、俺が役職にふさわしい人間だって、二人に証明してほしくて!」と付け加え、懐から二枚の紙を取り出す。署名欄で折られており、中身の詳細は見えない。
大丈夫。目の前には魔女の弟子がいる。これなら疑いもせずサインしてくれる――隼人はそう自分に言い聞かせ、必死に笑みを崩さなかった。
「ここに書けばいいのね!!」」
「あぁ、もちろんだ!!」
思った通り、両親は一切疑う様子も見せず、紙を受け取るとすぐにサインを始めた。
二枚の紙に名前を書き終えたその瞬間、隼人は素早く紙を奪い取り、小さく折って懐にしまい込む。
「…よかった…」と小さく息をついたその時――
「本当にあなたは自慢の息子よ」
「あぁ、俺は誇らしいぞ」
まだ信仰にのめり込む前に見せていた、あの笑顔と何ら変わらぬ顔がそこにあった。
「あ”ぁ”ッ…!」
もう、限界だった。涙が溢れ出し、後悔と悲しみが入り混じり、胸を焼く。死んでしまいたい――そんな黒い衝動さえ押し寄せる。
「あ、この後、隼人と少し話があるのでお借りしますね〜!!」
奏人が明るい声で言うと、何も言えなくなった隼人を引きずるようにして家を出た。
隼人を肩に担ぎ、近くに停めてあった車へと向かう。
「終わりましたー!」
奏人が声を上げると、車は静かに走り出す。
「奏人くんの頼みとあらば容易いことだよーん」
助手席からひょっこり顔を出したのは直哉だった。ケラケラと笑いながら言い、「失礼するね」と隼人の懐を探って二枚の紙を取り出す。
「確かに直筆のサインだ。もう病院側には話を通してある。明日にでも口裏を合わせる担当者が実家に向かうはずだよ」
そう言いながら、紙を丁寧にファイリングする直哉。その様子を横目に、運転席から春馬が疑問を投げかける。
「騙すような形で入院させるなんて…本当に良かったんですか?」
春馬の問いに、直哉は肩をすくめて答えた。
「本来は過激派と呼ばれる、創造神を否定し魔女を神格化する信者に向けたカウンセリングや治療を行う病院だ。実の息子が正直に“そこに入院して矯正を受けて”なんて言える?辛すぎるだろう」
さらに続ける。
「何より、逆上して暴力的になったり、実の息子すら拒絶して心を閉ざすケースが多いんだ」
それを聞き、春馬は深いため息を漏らした。
「それにしても…どうして隼人くんは両親にそんな治療を受けさせようと思ったの?歪んでるとはいえ、叡智の魔女を信仰してるんだよ?そのままでも良かったんじゃない?」
直哉は軽い口調で問いかけるが、その目は真剣そのものだった。車内に一瞬、静寂が落ちる。
(――なんで被害者ぶるんでしょうね。底なし沼だと分かっていながら、家族を連れて片足を突っ込んだのは隼人なのに)
隼人は、奏人と公園で交わしたあの会話を思い出していた。全部全部、ひよりや教団に責任を押し付け、被害者ぶる…。そんなことをしたところで、もう元の日常は戻らないのに。それを理解した途端、もう自分を騙しきれなくなった




