第四十六話:縋る想い
「わー!立派なお家ですね〜!」
奏人が、情けなくへたり込んでいた隼人をひょいと担ぎ上げる。20Lのポリタンクを両手に提げたまま訪れたのは、隼人の実家だった。
「そ、そう…ですねッ…!」
やっと泣きやんだと思っていたのに、奏人のその言葉に、隼人は再びボロボロと涙をこぼし始めた。
隼人の実家は、今では珍しい平屋造りの日本家屋。広い庭には池もあり、かつては立派な風格を誇っていた。だが今では、庭はゴミ溜めと化し、塀や家の壁の至る所に大量の落書きが残されている。
「祖父が…庭師だったんです…。たまたま金持ちの家に剪定に入った時、お礼にいただいたのがこの土地でした」
声がかすれ、裏返る。
「祖父が庭を作り、父が建てた自慢の家です…」
絞り出すように続ける隼人の目は、かつての誇りを思い出すどころか、惨めさで曇っていた。
「隼人!?」
玄関先で話していると、家の中から隼人の母が出てきた。家の前に見知らぬ人影があることに気づき、不審そうに目を細めるが、すぐに隼人の姿を認めると駆け寄る。
「奏人様、降ろしてください…もう、大丈夫です…」
隼人は溢れる涙を拭き、奏人からポリタンクを受け取ると、玄関へと歩み出した。
「利用できるものは利用する…隼人は下手ですね〜。ひより様とそっくり。真っ直ぐで、馬鹿正直で…他人に利用されることでしか生きられない」
奏人はにこやかに笑いながら、まるで挑発するように言った。
その言葉に、隼人はピタリと歩みを止める。
「言質、取りましたからね?」
振り返った隼人は、涙の痕が残る顔で、睨みつけるように言い放つ。
「さぁ〜?」と、奏人はおどけた調子で肩をすくめ、後を追う。その軽薄な態度に、隼人の母はただ首を傾げるばかりだった。
「隼人、そちらの方は…?」
隼人に続き、家に上がると、広い畳の間が目に入る。興味津々の奏人は、まるで初めて見るかのように畳を撫でたり匂いを嗅いだりしていた。
「こちらは、叡智の魔女様の弟子…奏人様です」
先程までの弱々しさが嘘のように、隼人の声は力強く、目は鋭い光を宿していた。
「魔女様の…!」
畳に敷かれた布団で横になっていた隼人の父は、目を丸くし、慌てて頭を下げる。
入り口で話を聞いていた母も、流れるような動作で地面に頭をつけた。
「こんにちは〜!」
奏人は相変わらず柔らかな笑みを浮かべ、軽やかに挨拶する。
その挨拶に続けるように、隼人が口を開いた。
「突然だけど、近々フクロウは大幅な人員整理を行うことになって…殆どの人は教団を退団する事になる。事実上の解体なんだ」
突然の知らせに、両親は唖然とした顔で隼人を見つめる。
「ど、どうして…!?私達が、私達の寄付金が足りなかったんですか…?」
「そ、そんな…これから、私達はどうやって…生きていけば…」
理解が追いついた瞬間、隼人の母は頭を抱え、父は顔を歪めて泣き出した。
隼人の表情は強張り、わずかに唇を噛む。両親の姿が、どうしようもない虚しさを呼び起こした。
「いえいえ〜!そういう訳じゃないんです!」
奏人は笑顔を絶やさず、軽やかに応じる。その言葉に縋るように、隼人の母は勢いよく奏人の足元まで這い寄り、土下座したまま額を畳に叩きつける。
「お願いします、お願いします、私達をお救いください…!」
声は涙で震え、何度も何度も繰り返す。
奏人は無言で隼人を見やった。
「母さん、父さん…。実は、フクロウは新しい体制に生まれ変わるんだ。司教様が今まではトップだったけど、今度は魔女様自らが運営なさる。教団の規模は縮小するけど…今まで以上に魔女様のお側に仕えることができる」
隼人は必死に笑みを作った。その笑顔はどこかぎこちなく、震える指先を背中に隠す。
「実はそこで…俺、今度新しい役職をいただけることになったんだ。だから今日は、魔女様の弟子である奏人様が直々に挨拶に来てくださったんだよ」
大丈夫、大丈夫…今度こそ上手くいく。心の中で何度も呟き、吐き気がするほどの不安を押し込める。
奏人もそれに合わせるように「そうなんですよ〜!」と微笑む。
「そこで、二人には保証人になってほしくて…ここにサインが欲しいんだ」




