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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第ニ章:軌跡の代償
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第四十話:荼毘に付す

 ひよりはニッと、いたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべて返した。それだけ言うと、踵を返して歩き出す。


「二人とも、いこう」


 短く告げるひよりに応じ、奏人は女性の拘束を解き、スキップするような軽い足取りでひよりの後を追った。隼人もおぼつかない足取りで躓きながら、それに続く。


「そうだ最後に…名前、聞いてもいいかな?」


 ふと、まだもう一つ問いが残っていることを思い出したようにひよりは立ち止まり、振り返った。問いかけると、女性は呆けた表情で口を開く。


東雲(しののめ)朱里(あかり)


 名を聞いたひよりは、満足したように微かに笑い、再び背を向けて歩き出した。今度はもう振り返らなかった。


「良かったんですか〜?あの人、どう見ても反魔女の人ですよ。それに、天命が下った人ですし」


 奏人が横に並びながら軽い口調で尋ねる。その言葉にひよりは頷いた。


「私は、間違ってると思う?」


 ひよりの問いに、奏人はクスリと笑い、楽しそうに肩をすくめた。


「あの人は自分で言ってましたよね。魔女は正義だって。だから、殺さないという選択もまた、正義だと思いますよ」


 二人の会話に、隼人は重苦しい表情を浮かべ、重い口を開いた。


「創造神様の天命を執行しなかったとなれば、魔女様がどうなることか…!それに、あの人だってどうなるかわからないのに!!正気じゃない!!」


「ありえない」という顔で言う隼人を、ひよりと奏人は顔を見合わせる。


「優しいんだね」


「ですねー!」


 二人はクスクスと笑い合いながら、軽やかに駅へ向かって走り出した。その背中を見送る隼人は、「はぁ!?」と呆然とした声を漏らす。


 怒りっぽくて、ビビリだけど、どこか優しい。ひよりはそんな隼人の横顔を見ながら、帰りの電車に乗り込んだ。


 駅に到着し、車を取りに行った三人は、最後の一人の元へ向かう。駅の近くに佇むその家は、住宅街の中でひっそりと存在感を放っていた。


「やっと…報われるのですね…」


 草木が生い茂り、長らく手入れされていない庭。インターホンを鳴らすと、出てきた男性は目に涙を溜め、「やっと、家族の元へ行ける…」と震える声で喜びを表した。


「魔女様」


 隼人がポンポンとひよりの背中を叩いた。泣いているのかと思いきや、真っ直ぐに男性を見据えている。


「我儘を…聞いていただけるのであれば…墓の前で、荼毘に付していただけないでしょうか」


 震える声に、ひよりは静かにコクリと頷いた。男性を車に乗せ、言われた通り墓へと向かう。


 墓は、家とは対照的に美しく手入れされていた。枯れ葉ひとつ落ちておらず、手向けられた花は生き生きとしている。男性がお線香をあげる姿を見守りながら、ひよりの胸には言いようのない寂しさが広がった。


 奏人も周囲の墓を見回していたが、その背中にはどこか影が差していた。隼人は溢れる涙を必死に堪えている。


「家族共々、叡智の魔女様をお慕いしておりました。妻や子どもたちは天命を享受することは叶いませんでしたが…どうか、跡形も残らぬよう墓ごと焼いていただきたい」


「もう墓参りに来る者もおりませんので」


 男性はそう告げ、静かに正座をした。その姿にひよりは唇を噛み、胸が締め付けられる。


「お墓は…焼こうと思えば…焼けると思う。跡形もなくは無理かもしれないけど」


 ひよりの言葉に、男性は深々と頭を下げ「ありがとうございます」と土下座しながら涙を流した。


「でも、墓は焼かないことにする」


 その一言に、男性は下唇を強く噛み、悔しそうに顔を伏せて泣いた。


「毎日だとか、毎週だとか、毎月だとかは無理だと思う。でも…私じゃ、だめかな?」


 ひよりは小さな声で告げ、男性の目を見た。その言葉に、男性はゆっくりと顔を上げる。


「私が墓参りに行くよ」


 それはただの罪悪感から逃れるための口実だったのかもしれない。でも、こんなにきれいに手入れされた墓を――大好きな人たちが眠る場所を――跡形もなく焼き払うなんて、どうしても寂しくて。


「何年でも、何十年でも…お待ちしております」


 涙を滲ませながら笑う男性。その姿は、どこか狂気じみている。しかし、それがこの世界の当たり前なのだ。ひよりは罪の重さを理解し、そっと手を伸ばした。


「最後に、名前を聞いてもいいですか?」


 ひよりの問いに、男性は背筋を正し、穏やかに答えた。


安藤康彦(あんどうやすひこ)と申します。今年で56歳になります。妻は洋子(ようこ)、息子は日向(ひなた)。三人家族でしたが、去年の暮れに交通事故で妻と息子を亡くしました。短い間でしたが、お世話になりました。」


 再び深々と頭を下げる安藤に、ひよりも奏人も隼人も背筋を伸ばし、真っ直ぐにその姿を見つめた。


「本当に今日は、()()()()ですね」



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