第三十九話:魔女の責務
隼人の言葉に驚き、二人は慌ててついていった。やがて一息ついた頃、隼人は荒い息を整えながら歩調を緩めた。
「な、なんで、魔女様も奏人様も息ひとつ切らしてないんですか…?」
汗が滴り落ちる隼人の顔に対し、ひよりと奏人は涼しい顔をしていた。
「若いからですかねー?」
無邪気に笑う奏人の言葉が、隼人の胸にグサリと刺さる。
「俺もまだ菜摘様と和哉と同じ二十代なんですけど…?」
悔しそうに唇を噛む隼人の姿に、ひよりは菜摘と和哉の顔を思い浮かべる。菜摘はどう見ても三十代の風格だし、和哉は歳が近いとばかり思っていたため意外だった。
「ひより様、ここから近いんですかー?」
奏人の問いかけに、ひよりは小さくコクリと頷いた。「こっち」と小さな声で告げると、自然と二人を先導する形になった。
「どこに誰がいるのか、魔女様には分かるんですか?」
隼人が恐る恐る尋ねる。ひよりは再び頷いた。「導かれるみたいに、足がそっちへ行くの」と説明すると、隼人は目を丸くし「なるほど…」と小さく呟いた。
「ふふっ、させませんよ〜!」
突然、路地裏に人影が現れた。その瞬間、ひよりの体が一瞬固まる。だが奏人は即座に反応し、ひよりの前に躍り出ると、相手の拳を蹴り上げて軌道を逸らした。
「この人!!」
ひよりが声を上げると、奏人がすかさず腹にタックルを決めて相手を押し倒す。暴れる女性を組み伏せ、拘束しながらも、なおも必死に抵抗を続ける相手に冷や汗が滲む。
「人殺し!!魔女は人殺しだ!!人殺しを称賛する世界も、黙って殺される奴らも、みんな狂ってやがる!!」
短い黒髪の女性。鋭くつり上がった目が、ひよりをまっすぐ射抜く。
「人殺しだって…知ってるよ」
ひよりの小さな声に、女性の動きがピタリと止まった。
「貴方は、何も間違っていなくて…間違ってるのは、この国であり、国民であり、魔女というシステム全て。だから、貴方は間違ってない」
その言葉に、女性の目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。傍らの隼人も、堪えきれず目頭を押さえていた。
「そんなに…あっさりと認めるなよ!!私達はずっと叫び続けてたんだ!!みんな、頭がおかしくて間違ってるって!!その声を世間は否定し続けた!!なのに、根源である魔女が…そんな簡単に認めるな!!」
女性の叫びに、ひよりは唇をギュッと結び拳を握る。何も言えずに俯くしかなかった。
「今更認めんなよ!!認めてなおそれを正当化するんだろ!!だって――」
「お前たち魔女は正義なんだから!!」
叫びとともに震える女性。その視線を受け止めながら、奏人はにこりと柔らかく笑い、ひよりに視線を送った。
「僕が、殺しますか?」
ゾクリと首筋を刺すような感覚が走る。奏人の無邪気な口調に隼人は口元を覆い、息を呑んだ。女性の身体も小さく震えている。
「ひより様は魔女である事実からは逃げられないです。だから、一人一人に同情してたらきりがないですよー?」
間違っていない。その言葉が胸に重くのしかかる。ひよりは意を決し、震える唇で問うた。
「二つだけ、教えてほしい」
その言葉に、女性は歯を食いしばり、吠えるように言い放つ。
「仲間は売らない!!」
睨みつける瞳は、恐怖と決意に満ちていた。それでも、どこか痛々しい。だが――ひよりはその姿を、少しだけ…かっこいいと思った。
「違うよ」
ひよりはしゃがみ込み、そっと女性と目線を合わせる。
「この世界は、日本は…魔女がいなくたってやっていけると思う?」
静かに投げかけられた問いに、女性は迷いのない瞳で即答した。
「やっていける…やっていけるさ!!だって、昔はそうしてきた!!魔女なんていなくても、みんな魔女なんて崇めなくても、真面目に働いて、当たり前に生きていける!!自由に生きられる!!」
その力強い声に、ひよりの心が小さく跳ねた。
「私も、そう思う」




