第三十八話:責任重大
すぐ後ろで声がしたと思い振り返ると、そこには菜摘がいた。
「これは一種の戦略だ。今度、ここにある全ての車をオークションに出品する。魔女が乗ったって宣伝してメディアに大々的に取り上げさせる。落札価格も話題になるだろうし、数億じゃすまない金額で資金力をアピールして他の団体や組織を牽制するのが狙いだ」
その言葉に隼人の表情が一変し、真顔になる。
「す、すみません……ペーパーなので、硝子さんに代わってもらってもいいでしょうか……?」
一気に顔面蒼白。隼人は特別車に詳しいわけではないが、並の男子なら一度は車にハマる時期がある。少し調べていた時期もあり、この場に並ぶ数百台の車の価値を誰より理解していたと言っても過言ではなかった。
ただでさえバケモノ級の車が揃う中、そこに「魔女が乗った」という付加価値がつけば、一台数千万の車が余裕で億超えすることなど想像に難くない。
(無理だ……絶対事故る……!!)
極度のビビリで心配性の隼人はガタガタと震え始めた。
「廃車どころか死人が出るぞ。今朝ひより脅してただろ。それの罰だと思って頑張れ」
「いやいやいや!!じゃ、じゃあ、菜摘様が!!」
「俺、無免許だって。赤信号と青信号しか分かんねえよ」
「はぁああ!?」と腹から絞り出すような声が響く。
ひよりはひよりで車の価値を理解して乗るのを拒んでいた。
「タクシー呼びたいけどダメかな……」
奏人に問えば、いつものように「さあ?」と素っ気ない返事が返ってきて撃沈である。
「和哉さんは!?和哉さんは……!」
「和哉いなくなったら昼飯どうすんだよ。諦めろ」
結果——
「こ、これ……いくらの車?」
「た、多分……これ、トヨダの対魔女モデルのスポーツカーですから……億超えるんじゃないですか……?車買ったことないので分かんないですけど!!」
「あぁ、手が……手がああっ!!」
ガタガタと震えながらハンドルを握る隼人。その様子に誰も助手席に乗ろうとはしなかった。
「へえ、これが噂の対魔女モデルか。ネーミングが反魔女じみてるって、予約受付から数十分で受注停止になった幻の車だな。どんな魔法にも耐える“スマート戦車”なんて呼ばれてたっけ。間違いなく目玉になるな」
「呑気なこと言ってる場合ですか!?事故ったらパーですよ!!」
「気をつけろよ〜」と菜摘はヒラヒラ手を振るだけで、そのまま引き返していった。
ひよりは隼人の震えを見て、心の中で絶対これ、死ぬやつだと覚悟を決める。
奏人ですら「ひより様と一緒か」と不吉なことを口にしていた。
「ど、どちらまで……?」
引きつり笑顔で振り返る隼人。その顔を見て思わず「ひぃっ」とひよりから声が漏れた。
「なんか、天井のある商店街の路地裏」
「どこだよっ!!」
初めて会ったときより明らかに当たりが強い隼人に、ひよりはギョッとする。
隼人はスマートフォンで必死に検索をかけ始めた。
「げっ……アーケード商店街……駅前じゃないですか……」
「電車で行ってくださいよ……」とぼやきながらも、駅まで車を走らせる。
「いいですか?ここの駅で降りるんですよ?電車で一本ですから」
ロータリーで降ろされ、路線図を指差して説明されるが、ひよりも奏人もポカンとするばかり。切符の買い方すら分からないのだ。
「はぁ〜っ……」と深いため息をつき、「待っててくださいね!」と隼人は車を近くのパーキングに止め、戻ってきた。
「早く手を繋いでください!迷子になっても知りませんから!!」
そう言われて、奏人もひよりも隼人と手を繋ぐ。
手を引かれるまま、切符の買い方、改札の通り方、電車の乗り方まで懇切丁寧に教わった。
「ひより様、早いですよこれ!!」
「本当だ!」
16歳と18歳の二人は窓の外を見てテンションが上がり、やや声が大きくなる。
その時——
「あれ、魔女様じゃない……?確か、この間ニュースになってた……」
「ほんと!!その横の……反魔女の悪魔じゃない?」
周囲の視線がひよりと奏人に集まる。
隼人は心臓が凍る思いで、誰も声をかけてこないよう祈るしかなかった。
二駅耐え、ようやく目的地へ。ドアが開くと同時に、隼人はひよりと奏人の手を引き、慌てて降りた。
「早く行きましょう!魔女様の存在がバレてます!!」




