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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第ニ章:軌跡の代償
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第三十七話:共通認識

「車を出してほしい」


 そうお願いすると、スローモーションかと思うほど遅い動作で食事をしていた菜摘が顔を上げた。


(まさか…しっかり者に見える菜摘さんが免許を持っていない?)


 ひよりは一瞬そんな考えが頭をよぎるが、すぐに自己完結する。


(あ、でも元ホームレスだった。なら仕方ないか)


「…なんかお前、いま失礼なこと考えただろ?」


 懐をゴソゴソと漁る菜摘の動きに、ひよりの脳裏に危険信号が灯る。

(絶対ナイフだ…!)

 慌てて首を横に振るが、時すでに遅し。


「タクシー代はこれで足りるだろ?」


 差し出されたのはウサギの首掛けポーチだった。中を覗くと五万円ほど入っている。


「…ゲーム機、買える?」


 目を輝かせてそう呟いたひよりに、菜摘は手を上げた。


「張っ倒すぞ」


 しかし直哉なら本当に叩いていたかもしれないが、相手がひよりとなると菜摘は躊躇した。

 代わりに、横でニコニコしていた奏人の頭をペシリと叩く。


「痛いですよ〜っ!」


 奏人が頭を押さえて騒ぐのを無視して、菜摘はひよりを真剣な目で見つめる。

(目が笑ってない…)


「今渡したのは交通費だ。タクシーや電車を使うときはここから出せ。足りなくなりそうなら、その都度言え。それと——昼飯の時間には一度帰宅しろ。いいな?」


 ひよりは素直に頷く。その姿に、菜摘はふっと表情を和らげ、ひよりの頭を優しく撫でた。


「良い子にしてれば、ゲーム機買ってやるよ」


 「直哉がな」と小さな声が続いたが、ひよりは聞こえなかったフリをした。


「あの…ひより様、私が——」


 と名乗りを上げたのは硝子だ。しかし菜摘が即座に口を挟む。


「アレはダメだ。どうせ事故歴聞いたら十件じゃすまない。命が惜しければタクシー使え。さもないと死人が出るぞ」


 パンを頬張りながら硝子を制した菜摘の言葉に、ひよりは引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。

(やっぱり…硝子は危険なんだ)


「う、うん。行ってきます」


 その場にいた硝子と菜摘は手を振って見送ってくれた。


「あ、ひより様おはようございます。お食事はされないんですか?」


 部屋を出てすぐ、和哉とすれ違う。そう聞かれ「うん…」と気まずそうに返事をするひより。


「ひより様は和哉が教えてくれたプリンパンを美味しそうに食べてましたよー!」


 奏人がニコニコしながら暴露し、和哉は驚きつつも頬を赤らめて呟いた。


「奏人様、あれは秘密だって言ったじゃないですか…」


(見た目を気にして食べたことなかったけど…言ったら和哉を傷つけるかも)

 ひよりは心の中でつぶやき、黙っておくことにした。


「では、お昼はプリンも用意しておきますね。楽しみにしていてください」


 和哉に見送られ、二人は屋敷を出た。だが、問題はお金ではなかった。


(タクシーって…どこに行けば乗れるの?)

 ひよりは立ち尽くす。


「タクシー代もったいないですから、俺が送りますよ…」


 声をかけてきたのは隼人だった。


「司教や他の教徒の送迎用に、屋敷の裏に車が止まっています。これ一台数千万円のスポーツカーですよ。そっちは年代物」


 カラフルな車が並ぶ光景に、ひよりも奏人も口をポカンと開ける。

 だが、普段お金に触れる機会のないひよりには“数千万円”がどれほどすごいのかピンと来ない。


「魔女様は文天堂スイッチってご存知ですか?」


 隼人にそう言われ、ひよりは大きく頷く。隣の奏人も、以前二人で見た動画を思い出して頷いた。


「あれが大体三万円なので、一千万円あれば二百八十台くらい買えます」


「ホントに!?」

 二人は目を丸くして、再び車を凝視した。


「奏人様、モック好きですよね?」


「う、うん…」


「モックは一回千円以下ですが、一千万円あれば一万回行けます」


 信じられないという顔で、二人は呆然と車を見た。


「魔女が乗ったってことでプレミア付けて売ろうと思ってるからな。隼人、付き合ってくれんなら暫くはひよりの運転手頼めるか?」

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