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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第ニ章:軌跡の代償
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第三十六話:拒絶の痛み

 隼人の言葉はジクジクと鈍い痛みとなって胸を刺した。

 分からなかった。何が贅沢に当たるのかも、普通を知らないひよりにとっては分からない。

 答えを探すように視線を彷徨わせるが、心の奥が冷たく固まっていく感覚に苛まれていた。


 すると、黙り込むひよりの両肩をガシッと強く掴み、隼人は必死な目で彼女を射抜いた。


「沢山美味しい料理は食べましたか? 上等な服を着て、遊んで! 楽しかったですか?」


 その問いかけに、ひよりはゆっくりと首を横に振った。

 隼人の言葉が胸に刺さるほど、自分がいかに知らずに生きてきたかを思い知らされる。


 隼人の目に涙が溢れ、声が震えた。


「知ってましたよ…! 俺たちみたいな教徒がどれだけ搾取されようと、魔女様はいつも惨めな姿だった!!いつも同じ白いワンピースを着て、帰ってくるときには真っ赤。食事なんて名ばかりの質素なもの! お付きなしでは外にも出られず…死んだような目で、ただ生きていた!」


 隼人の言葉は怒りよりも、悲しみに染まっていた。ひよりは、その重さにただ耐えるしかなかった。


 硝子や和哉がひよりをよく見ているように、隼人もひよりをよく見ていた。

考えずとも分かる。硝子はだいぶ特殊であり、和哉は兄の直哉が魔女であったため寛容であった。

 だが普通に生きてきた人間からすれば、魔女は受け入れられるような存在ではない。


「魔女様は、惨めに生き恥をさらしてきたのに…。教団がなければこんな思いしなかったはずなのに…。それなのに、本気で教団を建て直そうと思ってるんですか!?俺が魔女様ほど力を持っていたら…すべて残さず壊してしまいたい!!そう思うほど、すべてが憎い!!」


 肩に置かれた隼人の手に、爪が食い込む。ズキリと走る痛みに、ひよりは小さく息を呑んだ。

 しかし声は上げなかった。声を上げたいのは、隼人の方なのだと知っていたから。


「理性的な僕と話しますか?それとも…狂気的な僕と()()()しますか〜?」


 低く、不気味な声が空気を裂いた。

 肩の痛みがふっと消え、ひよりが目を上げると、そこには隼人の手をあっという間に縛り上げた奏人の姿があった。すぐ横で、今にも飛びかかりそうな獣のような目をしている。


「ひよりに手を出すのはナシだ。話がやっとまとまったんだ。俺の仕事を増やすな」


 さらに、隼人の首元にナイフを添えた菜摘が姿を現す。その目には微塵の迷いもない。


「邪魔したな。コイツは連れていくぞ」


「ひより様〜! 今日の朝ごはんはプリンがあるって和哉が言ってました!」


 隼人を抱えた奏人と菜摘は、それだけを言い残すと嵐のように去っていった。


 突然の出来事に、ひよりは立ち尽くす。

 頬を伝う涙は温かいのに、心は冷え切って今にも凍ってしまいそうだった。


 崩してしまった姿勢を無理やり正し、肩を抱くように腕を組む。


「私は貴方が嫌いだ…。どうして私を魔女に選んだ…」


 そう悪態をつきながら、手を胸の前で合わせて目を瞑る。


『ー23』

『ー56』


 頭の中に、冷たく響く数字の声が聞こえた。二つ、だった。


「最近…天命は聞こえなかったのに」


 合わせた手を解き、耳を塞ぐ。しかしそれでも声は消えず、耳の奥に張り付いた。

 暫くその場にへたり込んで、動くことができなかった。


「ひより様!」


 どれくらい時間が経っただろうか。朝食の時間になるまで、ひよりはその場にへたり込んでいた。

 何もできず、何も考えられず、ただ惨めさに押し潰されそうになりながら。

 それでも、これ以上惨めにならないように——そう自分に言い聞かせて立ち上がったその瞬間だった。


 屋敷の外へ出たタイミングで、奏人の声が聞こえた。


「何も食べないと力が出ないので! 僕特製のプリンパンです!」


 そう言って渡されたのは、食パンの上にぐちゃぐちゃになって乗せられたプリンだった。

 見た目は壊滅的だが、奏人は満面の笑みを浮かべている。

 (なにこれ…)と一瞬絶句するも、その好意を無下にはできない。


 ひよりは意を決して、そのまま大きく頬張った。


「…おいしい」


 口に広がる甘さに、涙が溢れ出す。胸の奥に張り付いていた冷たさが少し溶けていくようだった。

 ボロボロと泣き出すひよりを、奏人はこれでもかというほど撫でた。

 頭をぐしゃぐしゃにされ、少しだけ心が軽くなる。


「僕もお供しますよー!」


 満面の笑みでそう言う奏人が、ひよりの手を取る。

 ひよりは戸惑いながらも、一人では心細く、その手を振り払うことができなかった。


「どうしようね。場所は分かるんだけど、遠くて…」


 少し落ち着いたひよりは、小さく呟いた。

 いつもなら、当たり前のように司教や他の教徒がパトカーを呼んでタクシー代わりにしていたのだが…今は違う。

 それが間違いだったと理解した今、ひよりは正しくあろうと決意していた。


「あ、硝子が車を運転できるって言ってましたよ〜!」


 その一言に、ひよりはギョッとした。


「…あの硝子が?」


 間違いなく、死に一番近いところを走行するつもりなのでは…そんな光景が頭をよぎる。


「でも、ひより様と心中になっちゃいますけどね!」


 奏人はニコニコしながらさらりと恐ろしいことを口にする。

 ひよりは思わず苦笑した。

 この時間、みんなはまだ朝食を取っていることだろう。そう思って部屋へ向かう。


 すると、後ろから聞こえてくる声。


「無免許でもいいなら運転するぞ?」


 ひよりは振り返り、そこに立つ人物を見て息を呑んだ。



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