第二十八話:それぞれの想い
動作に合わせて、ひよりの口から言葉が零れると同時に炎の矢が現れる。言葉に呼応するように手元の炎が一気に燃え上がり、暴発したかのように周囲を包んだ。そして矢が放たれる一瞬、炎がギュインと収縮する。
菜摘は、放たれた矢を体をくねらせて交わそうとするが――避けきれない。
「くそっ…やってくれたな」
わずかにかすっただけで、脇腹がえぐれた。高温すぎる矢に、血すら流れない。
「着火」
追い打ちをかけるように、ひよりがパチンと両手を合わせて叩く。すると、先ほどの傷口から炎がボッと立ち上った。
「っ…!!」
菜摘は顔を歪めながら近くの砂場へ走る。幸い周囲に人気はない。砂場に飛び込み、砂煙が舞い上がれば、辺りに沈黙が訪れた。
「へえ…砂で炎って消えるんだ。初めて知った」
ひよりは興味深そうに砂を摘んで見つめる。さっきまでの怯えた様子とは一変、無表情で淡々としたその姿に、菜摘の背筋に冷たいものが走った。瞬時に理解する。経験の差を埋めるほどの実力差。精神面の幼さは境遇のせいだ。だからこそ、今すぐどうにかできるものではない。それを実力で補われては、敵わない。
だが、証明してみせろと言い出したのは自分だ。プライドがある。ここで圧倒され、「はい、あなたを認めます。仲良くしましょう」などと引き下がるわけにはいかない。痛む脇腹を押さえながら菜摘は立ち上がった。その瞬間、ひよりがすっと手を差し出す。
「多分、どれだけ戦っても…貴方から合格をもらえることはないと思う」
ひよりは眉を下げ、情けない笑みを浮かべていた。
「私が何を言ったって力不足。それはわかってる。でも…最後くらい、私は私のために苦しみたい」
「最後…?」眉間にシワを寄せる菜摘。
「死ぬまでずっと一緒だよ。始まりも終わりも、最後まで私は教団に寄り添うつもり」
「私物じゃないものに振り回されるのはごめんだから」と微笑むひより。その笑みに、菜摘の胸を覆っていたモヤモヤが、ふっと晴れていく気がした。
奏人という導き手に従うだけなら、また利用されるだけ。また悲劇のヒロインを演じ続けるだけ。だが、この少女には自分を変えたいという意志がある。なら――意味はある。
「…ちゃんと合格だ。悪かった、突然切りかかって」
大人になると、自尊心ばかりが膨らむ。16歳の少女を前にプライドを語るのは、あまりに情けない。意を決して出した言葉に、ひよりは驚いた顔をする。だが、その瞳にはほんのりと嬉しそうな光が宿っていた。菜摘はひよりの手を取り立ち上がると、その頭を軽く撫でた。肩の力が抜けるような感覚がした。
「俺は、直哉にはもう人を殺してほしくない。だから、魔女なんてシステムは終わらせたいんだ」
限界を迎えたのか、倒れかかってきた菜摘をひよりが慌てて支える。すると、ポロポロと言葉が零れ落ちた。
「…家でずっと独りぼっちだった俺に手を差し伸べてくれたのは、あいつだけだったんだよ」
菜摘の瞳から、止めどなく涙が溢れ出す。独りぼっち。それはひよりも、奏人も同じだった。奏人にとっての十和子、菜摘にとっての直哉。孤独の痛みも、それを埋めてくれる誰かの大切さも、今のひよりには痛いほどわかる。
「本人に直接伝えてあげないの?」
その問いに菜摘は肩をビクリと震わせる。やれやれ、といった表情で口を開く。
「お前もあいつをよく知ってるだろ…」
「調子にのる」と菜摘が吐き捨てると、ひよりはクスリと笑った。直哉のあの性格なら、「やっぱり菜摘は俺のことが大好きだからね!」なんて言うだろう。
「歩いて病院行こうか。ここから15分くらいだよ」
そう言って菜摘の手を引こうとした。しかし――
「お前、俺を殺す気か。自分の指を包丁で少し切っただけで救急車呼ぼうとするくせに、俺の傷は徒歩か!?ああ〜、痛い。死ぬ…」
急に饒舌にキレられた。さっきまでの大人しさはどこにいったのやら。
「それじゃ死ねないよ」
「死のうと思ってねえから!!さっさと救急車呼べ!!」
なんで怒られてるんだ私、とひよりはムスッとする。あまりにも救急車を連呼するので、つい言ってしまった。
「…血が止まるって聞いたから、傷口焼いといたのに。なんで怒られなきゃいけないの」
その一言で菜摘は固まった。
「お前、まさか応急処置のつもりで…わざわざ俺の腹焼いたのか?はぁ!?どう見ても傷口酷くなってるだろうが!!」
さらに怒鳴られ、ひよりは耳を塞ぐ。そして聞きたくないポーズを取った。
仕方がない。直哉に甘やかしてもらった記憶はあるが、医療を教わった覚えはない。肉は焼けば血が止まる、程度の動画知識しか持ち合わせていないのだから。
「ひなちーに菜摘、やっほ!元気?」




