第二十七話:刈る者
いや、怖いとは少し違うのかもしれない。ただ、惜しい。ただひたすらに惜しかった。こんなに楽しい“今”で、これからもっと楽しくなりそうなのに、死んでしまうなんて……。
きっと、私が命を刈り取ってきた人々も、同じことを考えていたはずだ。
「紅玉の魔女を知ってるか?」
唐突な問いに、ひよりは小さく首を横に振った。
「お前と同じ、炎の魔法を得意とする女だ。適当でどうしようもないお人好しだったが、お前よりずっと巧みに炎を操っていた。この装備が変形するほどの火力でな」
名前だけは聞いたことのある魔女。その話に驚きながらも、ひよりは菜摘の装備へ視線を落とす。自分の炎では微動だにしていない、その無骨な防具。
そこそこやっていけるくらいには強いんじゃないか——。そんな甘い自負は、一瞬で崩れ去った。思えば思うほど恥ずかしさがこみ上げる。
「うッ……!」
戦意を喪失したひよりの首を、菜摘が無造作に掴む。辺りに広がっていた炎は、風に吹き消されたように消え失せた。ひよりの瞳には、ゆらゆらと恐怖が映る。
「もっと燃やせ!!教団を立て直すって言っただろ。そんな力じゃ足りねぇんだよ!!」
怒鳴り声に、ひよりの肩がビクリと震える。
「お前が目を背けてる間に、世界はお前の力じゃどうにもなんねぇほどデカくなってる。中途半端な気持ちならやめろ!お前じゃ力不足だ!」
力不足——その言葉が矢のように突き刺さる。
首を締められる苦しさよりも、死の恐怖よりも、ずっと深く、ずっと痛かった。
痛い。
痛くて、苦しくて、胸の奥で何かがプツリと切れる。
「私のものじゃない……!私は知らない!!」
ひよりは、涙混じりに叫んだ。
「だって、私が作ったものじゃないもん!!周りがみんな、勝手に作って、勝手に崇めて、勝手に暴走してる。私は関係ない!!そうずっと思ってた。今も思ってる!なんで私が尻拭いをしなきゃいけないのって、今もずっと……ずっと思ってる!!」
「おかしいよ……」
涙で視界が滲む。何もかもが、おかしい。世界も、人も、そして自分自身も。
戻れないと知りながら、叫ばずにはいられなかった。
「そうだ。お前は何も間違っちゃいない」
菜摘の手が、ひよりの首から頬へと移った。その顔は、人を殺そうとしている者のものとは思えないほど、悲しげで苦しげだった。
「例えお前が魔女でも、周りに立派な大人がいればよかった。普通とまではいかなくても、お前なりの幸せがあったはずだ」
優しい声。
首を締め付ける力は完全に消え失せていた。
「今からでも遅くない。教団を手放せばいい。直哉は本気でお前を救おうとしてる。もう、教団を手放せるチャンスは二度と来ない。自由になれる最後の機会なんだ。それで……いいのか?」
自由になれる最後のチャンス。
常識に疎いひよりですら知っている。
同じくらいの子供たちは学校に行き、いろいろなことを学び、友達を作る。毎日笑い合い、時には泣き、遊び疲れて眠る。
羨ましかった。いつか、そんなふうに“普通”の生活がしたかった。お付きの監視もなく、自由に外を歩き、毎日ヘトヘトになるまで遊びたかった。
今、教団を渡してしまえば——ひよりは自由になれる。
現実味を帯びた「自由」の二文字に、心が一瞬だけ躍った。
でも、何故か惜しい。
今手放せば、確かに自由にはなれる。
けれど、それが未来の自分にとって最大の後悔になる気がしてならなかった。
何に対しての惜しさなのか、ひよりにはまだ分からない。
「……自由に、なるよ」
その言葉に、菜摘の目が見開かれる。
「教団を変えられる力がないなら、私が変わるんだ」
ひよりは、涙の跡を拭いながら、まっすぐに菜摘を見返した。
「だって、みんなは私を信じてついてきてくれたんでしょ?なら……一緒に変われるはずだよ」
硝子、隼人、和哉。
私利私欲のためではなく、真っ直ぐにひよりを見つめてくれる目を、ひよりは知っている。
きっと、教徒の中にもいるはずだ。
ただ真っ直ぐに、ひよりを信じる人たちが。
「だから——教団はあげない」
そう言い放ち、菜摘の手を払いのける。すぐに後方へ飛び退き、矢を射るような動作をとった。
奏人は、私の鎖を断ち切ってくれた。
司教たちの呪いのようにジクジクと体を締め付ける束縛を、解いてくれた。
(——僕が側にいます)
あの言葉を、今度こそ信じる。
大丈夫。環境は整ってる。
あとは私が、変わる番だ。
「穿て!!」




