表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤城のアトリエ  作者: 伊織
第ニ章:軌跡の代償
27/109

第二十六話:刈られる者

 睨み合い、距離を取る。すると、カシャン、と低い金属音が響いた。ナイフにしては随分と大きい刃物を、ひよりに向ける菜摘の姿があった。


「手加減すれば、屋敷の奴らもまとめて殺すからな」


 低い声で釘を刺され、ひよりも無意識に肩を強張らせる。だが、すぐに手を伸ばし、当たり前だとでもいうように強く頷いた。


 しばらく沈黙が続き、緊張で耳鳴りがするほどだったが、どこからか聞こえた子供の声を合図に、双方が地面を蹴った。


 ひよりが自分から距離を詰めてくる姿に、菜摘は内心で微かに驚く。魔法を使う人間が、あえて間合いを狭めてくるとは。


「地を這え」


 ひよりは、小刻みに繰り出される攻撃を身をひるがえしながらかわし、言葉と同時に握った手をパッと開いた。すると、地面に広がるように炎が走る。しかし、炎の熱気をものともせず、菜摘は正確無比に刃を向け続けた。


「噂にしか聞いたことなかった。それが()()()()()()と嘆かれた…創造神への冒涜。対魔法を目的に作られた装備」


 猛暑日に全身を覆い尽くす重厚な服に、やけにゴツいブーツ。炎を浴びても燃え移らず、ひよりは背筋に冷たいものが走る。菜摘は来た当初、ボロボロの装いをしていた。しかし、いつの間にか服装は整っていた。その真相がこれだったとは思わず、ひよりは寝首をかかれた気分になる。


「その強度なら、腕の一本や二本飛ばす気でやっても問題なさそうだね」


 菜摘は「そういうこと」と軽い調子で答えるが、その目に油断や驕りはない。辺り一面が炎の海になろうと、攻撃の速度も精度も鈍らず、むしろさらに鋭さを増していた。


「魔女の業火に人間の知恵がどこまで通用するか。確かめてあげる」


 その言葉と共に、ひよりは空へ手を伸ばし、指先をぎゅっと閉じるようにして糸を繰る仕草を見せた。


「私が勝つまで出してあげない…捕まえた」


 ガチャン、と大きな音がして、炎の海に沿うように炎の格子が現れ、周囲を覆う。


「お前は勝てない。俺が勝つからな」


 少しの動揺くらいは見せると思った。しかし菜摘は一切顔色を変えず、炎の格子の中を悠然と歩む。その姿にひよりの喉がひりついた。


 これが経験の差。対人間での戦闘経験がないひよりには、相手の不意をつく行動を取ることさえ難しい。魔法使い相手なら、ある程度どんな規模の魔法が来るか予想はできる。しかし、魔法を使う素振りを見せない菜摘は、何を仕掛けてくるか全く読めなかった。緊張で足の裏が汗ばんでいるのを、ひよりは初めて意識した。


「戦いづらいか?」


「っ!!」


 自ら菜摘に近づいたことが裏目に出る。早い。確かに早いとは思っていたが、その攻撃や移動の速度は奏人相手にしていた時より格段に上だ。菜摘の姿が一瞬視界から消えたかと思えば、もう間合いに入り込まれている。ひよりは息を呑んだ。


「戦い慣れてない魔女はそうだ。そもそもまともに戦闘経験のある魔女なんてほとんどいない。歯向かうやつが少ないし、歯向かわれても赤子の手をひねるように殺して終わり。戦いにすら発展しないからな」


 初めてだ。ひよりは、誰かに対して本気で“命の危険”を感じた。奏人の狂気じみた姿も確かに恐ろしいと思ったことはある。司教たちの笑みや振る舞いも不気味だった。しかし——ここまで剥き出しの死の恐怖を味わったのは初めてだ。


「これが…刈られる側の恐怖…。死ぬことが怖いっていう感情…」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ