第二十三話:教育
屋敷の二階から顔を覗かせる菜摘は鬼の形相で、怒鳴っていた。
「誰か魔法使えねえのか!!叡智も消す努力をしろ!!」
ひより本人はスンッとした真顔で突っ立っていた。
「出し切っちゃったもんは消せないよ…。手から離れた炎を消すの苦手なんだよ…」
ひより曰く、魔法を意図して操作している間は消せるらしい。しかし、自身の手を離れ勝手に広がってしまったものは、消すのに非常に頭を使い疲れるため、嫌なのだという。
「そんな事言ってる場合か!!いくつだお前!!子供か!!」
「「「「「16歳」」」」」
菜摘以外の全員が、嫌味ではなく本気の問いだと受け取り、真面目に答える。すると、盛大に舌打ちした菜摘の姿が窓から消えた。
「私も一応魔法は使えたので、10歳の時からこちらでお世話になっていますが…そよ風くらいしか起こせません…」
「風魔法なのにそよ風魔法って、イジられてばかりでした…」と和哉が自虐気味に言う。それに続くように、硝子も口を開いた。
「先祖が武士だったため、剣しか扱えません」
それって…理由になるの??と全員が首を傾げる。「刀じゃなくて剣なの?」と隼人がツッコミを入れたのは言うまでもない。
「奏人様!奏人様は…」
和哉がすがるように奏人を見る。
「僕、魔法嫌いなんですよねー」
だから、それって理由なの??と全員が黙り込む。奏人もダメだと悟ったらしい。
「あぁ〜!もう!分かった!!分かったよ!俺がやるから!」
なぜかヤケになった隼人が前へ出る。
「止まって…止まれ!!」
両手を広げ、炎の海に向かって叫ぶ。炎がかき乱されるようにして徐々に勢いは落ちるが、決定打にはならなかった。
「ったく、バカども!!」
プシューッ!と大きな音が響き、炎を見ていた面々はハッとする。菜摘が消火器を抱えて戻ってきたのだ。
「叡智」
炎を消し終われば、鬼の形相の菜摘がひよりを真っすぐ睨む。やばい、これは怒られる…そう悟ったひよりは奏人の後ろへ隠れる。その姿は親に叱られそうな子供そのものだった。
「菜摘さん、ダメですよー!行かせません!」
奏人はひよりを庇うように手を広げるが…
「お前も洗濯物を振り回してんじゃねえ!!」
「ヘブッ」
菜摘の回し蹴りが奏人の腹を直撃。変な声と共に奏人は蹲った。
「もうここは閉鎖空間じゃない。想像力が身につくことはいいことだ。が…想像した先の影響まで考えろ」
ひよりの目の前まで歩み寄る菜摘。ひよりはキュッと目を瞑る。しかし、奏人のように蹴られることはなく、額に優しくピコッとデコピンをされただけだった。
「隼人。助かった。お前の魔法、すごいな」
ひよりから離れ、菜摘は隼人の方へ歩み寄る。肩をトントンと叩きながらそう言えば、隼人はポカンとしていた。
「役に…立てませんでしたよ」
ハッとしてそう返すも…
「魔女の魔法が消火器一本で消えれば世話ないぜ?」
笑いながら言う菜摘につられて、隼人もふっと笑った。
「菜摘様もいかがですか?家事、楽しいですよ?」
和哉がそう誘うが、菜摘は踵を返す。
「だろうな。楽しそうだ」
背を向け、ひらひらと手を振って去っていく菜摘。その姿に「アレが大人というものか」と謎の感心を寄せる硝子。そんな様子に、また皆で笑いが起こった。それはほとんど現実逃避であり、シーツや衣類が焦げてめちゃくちゃになった洗濯物のことには誰も触れなかった。
「魔女様、いいですか?横着していると、こういう風になってしまいます。だから、めんどくさがらずにちゃんと干すようにしてくださいね」
現実逃避から戻ると、和哉がしっかりと注意する。これが学びだと言われ、ひよりは素直に「うん」と返事をした。
「でも、こうやれば早いんじゃないかな?って思いついて、自分から行動したことはすごいですよ!」
隼人がそう言えば、その意図に気付いた和哉と奏人がうんうんと頷く。名付けて「魔女様の自主性を伸ばそう作戦」である。良し悪しはその都度教えていけばいい。菜摘の言葉をヒントに、ひよりへの接し方を掴み始めた男性陣だった。
ひよりも褒められて心底嬉しそうで、自慢げな笑顔を浮かべる。それを見て、同時に自尊心まで育てられるのかもしれないと、彼らは胸を膨らませた。




