第一話:思し召し
この作品を読んでいただきありがとうございます。
番外編も書きたいと考えているので、ぜひ活動報告や作品感想にてキャラクターをリクエストいただけると嬉しいです!
最新話まで読んでいないという方でも大丈夫です!!感想とか書くの面倒だなって思うかもしれませんが、寛大な心でよろしくお願いします!!
「我らが創造神様の思し召しのために」
血だまりの中、少女が一人立っていた。真夏の陽光がアスファルトに反射し、路地裏にはむせ返るような鉄の匂いが漂う。汗が背中を伝い落ちるのを感じながら、少女は足元の男を見下ろした。
「魔女様! お見事です!」
「素晴らしい! 我らに創造神様の祝福があらんことを!」
足元には、血に濡れた男性の亡骸。すぐそばで、二人の老人がひたすら恭しく笑みを浮かべ、手を叩いていた。
少女は少し頬を赤らめ、努めて笑顔を作る。
「創造神様のために、頑張らなきゃね」
そう言いながら、額の汗を血に濡れた手で拭った。赤い跡が白い肌に広がり、それが妙に生々しく、いやに美しく見えた。
――本当に、これが「美しい」のだろうか。
頭の片隅で、小さな声が呟いたが、すぐにかき消した。
「次はスラムだって。知ってる?」
少女の問いに、老人たちは迷いなく頷く。
「はい、もちろんです。本来なら魔女様が足を運ばれるような場所ではございませんが……」
「ですが、創造神様の思し召しとあらば、私どもがご案内いたします!」
少女は躊躇いも見せず、歩き出した。
だが胸の奥がわずかに重い。この感覚の正体を、まだ彼女自身も理解できていなかった。
魔女は一日に三度祈りを捧げ、創造神の声を聞く。魔女は神の手足であり、その思し召しに逆らうことは許されない。
少女もまた例外ではない。今日もその声に従い、指先を伸ばすと炎が迸り、人間の体が花びらのように弾け飛ぶ。
……けれども。
胸に微かなざわめきが残る。このざわめきの正体がなんなのか。今の少女には知るよしもなかった。
「羨ましい……」
去り際、老人の一人が亡骸を見下ろし、うっとりとした声を漏らす。
少女は無言でその光景を見やった。彼らの顔は、熱狂と陶酔に満ちている。まるで自らが死を与えられることを望んでいるようだった。
車内の冷房が汗ばんだ肌に心地よい。少女はそっと息をつく。
だが、温度をさらに下げる冷気が妙に過剰に感じられ、彼女はわずかに肩をすくめた。
スラムに着くと、空気は一変した。悪臭、湿気、腐臭、血と汚水の入り混じった匂いが押し寄せる。
同行者たちが「ご武運を」と告げて足を止める中、少女だけが奥へ進む。
路地裏の先、小さな子どもたちが怯えたように身を寄せ合っている。
その奥には栗色の髪の少女――まだあどけなさが残る女がいた。
「我らが創造神様の思し召しのために。天命を享受しなさい」
少女の声は静かで、規律正しい。だがその響きには、ほんのわずかな揺らぎが混じった。
「創造神様……私は、ずっとお祈りしてきました。毎日、毎日……」
泣きじゃくる声に、少女は目を伏せる。
なぜだろう、胸の奥が苦しくなる。
この天命は祝福であり、人々は喜んで受け入れる。
――それなのに、なぜこの人は泣いているの?
自分の手が、知らぬ間に微かに震えていた。視線を落とすと、血で濡れていたはずの指先は綺麗だった。あの赤が美しいと思ったはずなのに、今は――。
匂いを確かめるように鼻に近づける。
鉄の匂いが鼻を刺し、思わず顔をしかめる。
……いつから、こんな匂いに慣れてたの?
「うっ……」
もう一人の自分が囁く。
(私がしていることは、本当に正しいのかな?)
記憶の奥底から、幼い日の声が蘇る。
(君は選ばれた。だから創造神様のために生き、創造神様のために死ぬ。それとも、一人きりで抜け殻のように生きたいのかい?)
……そうだ、もうあの孤独には戻れない。
胸の震えを押し殺し、少女は言葉を絞り出した。
「死にたくない、は創造神様の思し召しに逆らう言葉だよ」
炎がボッと音を立て、女性の首元を包む。悲鳴すら上げられぬまま、黒い塊が残った。
「十和子……?」
少年が、小さく女性の名を呼ぶ。その声に、少女は胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
「あなたは、誰です?」
答えられない。言葉が喉に絡まり、視線を逸らす。背を向けて歩き出したその時――裾を掴む手の感触に、足が止まる。
「まだ、答えを聞いていません」
見下ろすと、少年が真っ直ぐな瞳でこちらを見上げていた。怯えもなく、ただ純粋に。
「魔女。あなたでも知ってるでしょう?」
心臓が大きく跳ねた。それは、目の前の少年があまりにも真っ直ぐで、自身が汚れているのではないかと罪悪感ばかりが募ることに気がついたからだ。
「弟子になってみる? 私のそばにいれば、創造神様があなたを見つけるかもしれない」
自分でも信じられないほど、自然にその言葉が口をついた。この少年の純粋さと、自身の心境の変化の理由を知りたいと感じた。
(私がこの子を――?)
同時に、自身から出た言葉とは思えず驚く自分もいたのだ。
「名前は?」
少女の問いに少年は小さく頷く。
「奏人です!」
悪臭漂うスラム。その中で、少女は小さく微笑み、少年の手を取った。
二人で歩き出す足取りは、不思議と軽かった。
面白いと思っていただければ、ブクマなど何かしらアクションいただけるとモチベになります。キャラなどについての質問は常に受け付け中なので、ネタバレにならない範囲で「前書き・後書き」の方で書かせていただきます。