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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第一章:始まりの魔女
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第十八話:残念な人

 魔女だからといって、全員が全員強いわけではない。魔女は強くないとなれないものだとばかり思っていた奏人は、思わず驚きを覚えた。先程ひよりから引き剥がしたとき、異様なほど力が弱いと感じたが、それも手加減してくれているのだろうと考えていた。


「ひなちーは、魔女の強さでいうとそんなに強くないよ。近接型で、ある程度経験を積んでる相手なら、魔女じゃなくても負けちゃうかもね」


 直哉は肩をすくめ、冗談めかした口調で言った。

 その言葉に、奏人は不意に胸が高鳴るのを感じた。全力で戦えば、自分でもひよりの遊び相手くらいにはなれるのではないかと。


「ひなち、菜摘を見てどう思う?勝てそう?」


 直哉が問いかけると、ひよりは菜摘に視線を送る。少しの沈黙の後、ひよりは唇をぎゅっと結んだ。


「負けたくない」


「素直でよろしい」


 直哉は楽しげに微笑みながら、ひよりの頭を軽く撫でた。その様子を横目に、菜摘は無表情を崩さない。

 菜摘の本質をどこまで感じ取ったかは不明だが、間違いなくあのスピードは奏人でさえ反応が難しい。腹にナイフの一つでも刺されたところをタコ殴りで対処するぐらいしか策がないかもしれない。そんな思いが奏人の頭をよぎる。ひよりの戦い方には、致命的な個性の欠如があると残念にも思った。


「純粋な力では菜摘の方が上だろうけど、潜在能力という面では、技術や知識量ではひなちーが上のはずだ。だってひなちーは叡智の魔女なんだから」


 直哉はニヤリと笑い、わざとらしくひよりを指差す。その指先に、ひよりは視線を向けたまま微かに眉を寄せた。


「たった16年しか生きてない子供が、本当に叡智の魔女で間違いないのか?」


 菜摘の鋭い視線がひよりを貫く。ひよりは一瞬だけ視線を逸らし、再び真っ直ぐに菜摘を見返した。

 その問いは、奏人が心の奥で一度は考えてしまったことでもあり、思わず動揺が走った。


「叡智の魔女の“叡智”は、**を《・》み《・》て《・》の《・》。そもそも脳の作りが普通の人とは違うんだ。ひなちーが死ぬ頃には叡智を名乗れるほど賢くなってるって意味での“叡智”」


 直哉は落ち着いた声で説明すると、ひよりは少しだけ瞳を細め、黙ってその言葉を受け止めているようだった。

 言われてみると、少し腑に落ちなかった。まだ“叡智”と呼ばれるほど賢くはないのに、将来はそうなれるのが前提というのだ。


「賢くなれなかったら叡智じゃないって思ったでしょ?」


 直哉が急に笑みを深めて奏人を見やる。その視線に、奏人は息を呑み、心を読まれたかのように固まった。

 図星だ。その問いかけに、奏人は呆気にとられた。


「16年前、創造神様は当時の魔女たち全員に神託を授けた。“叡智の魔女が生まれる”ってね」


 直哉の声音は少しだけ低く、重みを帯びていた。

「魔女たちの間では有名な話だよ」という直哉の言葉に、ひよりの出生が重なる。生まれた時からずっとひとりぼっちで、物心ついた頃には周りに教徒たちがいた。


 魔女様の知識には偏りがある。魔女やこの世界の仕組みについては詳しいのに、それ以外のことにはあまりにも疎い。奏人は、自分も人のことを言えた義理ではないと思いながらも、一般常識的なことについては尚更だと感じていた。


「創造神様の神託だ。それだけで賢くなれる根拠には十分だよ」


 直哉はどこか遠くを見るような目をしながら呟いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

 賢くなれなかったら叡智ではない。昨日の司教といい、周りの教徒たちは...賢くない叡智の魔女を欲していたのではないか。偏った知識だけを与え続け、自分たちの都合の良いように刷り込んでいた。そんな考えが奏人の脳裏にちらつく。


「だから、奏人くんにお願いしたんだ」


 直哉は真剣な眼差しを奏人に向ける。その言葉に、奏人は胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。

 直哉はひよりを大切に思っている。それがひしひしと伝わり、菜摘もまた黙って耳を傾けていた。


「というか。塩屋さん、公園で菜摘さんに言ってませんでした?今死ぬか、付いてくるか選べって。塩屋さん、菜摘さんに勝てるんですか?」


 奏人が唐突に思い出したように問いかけると、直哉は目を瞬かせ、次いで唇の端を持ち上げた。


「ふふーん!よくぞ聞いてくれた奏人くん!()()今死ぬか、()()付いてくるか、どっちがいい?ってことだよ。菜摘は俺のこと大好きだから、絶対に俺の命を引き合いに出せば言うこと聞いてくれるからね!」


 直哉がドヤ顔で胸を張ると、菜摘は舌打ちし、ぷいと顔を逸らす。

 奏人はあまりのギャップに目を丸くした。


 ひよりは、興味なさそうに直哉の懐からスマートフォンを取り出し、奏人がお遣いで買ってきたモックのポテトを片手に動画を見始める。


 塩屋直哉は実に残念なメガネである。とうの昔から知っていた二人とは違い、奏人は天を仰いだ。

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