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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第一章:始まりの魔女
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第十二話:消えない怪我

面白いと思っていただければ、ブクマなど何かしらアクションいただけるとモチベになります。キャラなどについての質問は常に受け付け中なので、ネタバレにならない範囲で「前書き・後書き」の方で書かせていただきます。


「奏人、怪我…治療してもらわなくて良かったの?」


 少女はバツが悪そうに問いかける。

 しかし、そんな少女とは対照的に、奏人は満面の笑みを浮かべた。


「はい! 魔女様につけてもらったので、カッコいいですよ!」


 少女の魔法に近づき焼けただれた右手を握ったり開いたりしながらそう答えた。その様子に、少女は複雑そうな顔をするしかなかった。


 治療を受けずに屋敷へ戻った二人を待っていたのは、教徒たちの態度の一変だった。

 以前は、少女が頼んでも奏人への食事は届かなかった。しかし今では、頼まずとも運ばれてくる。


 それほどまでに、奏人が司教を含む上の連中をボコボコにした噂が広まったのだ。

 今や教徒たちは、少女と同等に奏人を扱い始めていた。


「叡智って呼ばれてましたけど、それが魔女様の名前ですか?」


 急に変わった周囲の対応に落ち着かないまま、少女の部屋に戻った奏人が尋ねる。


「それは私の名前。 有名な魔女は通名を名乗るんだよ。私は叡智。あと有名どころなら、癒しの魔女と珠玉の魔女しゅぎょくのまじょ


「なるほど…」


 奏人は難しそうに眉をひそめる。

 その様子につられて、少女もなぜか同じように難しい顔になった。


「開闢の魔女っていうのは?」


 奏人の問いに、少女はブスッとした顔で腕を組む。

 明らかに「話したくない」というオーラをまとわせていた。


 流石にそんな空気を見て取った奏人は、話題を変えた。


「じゃあ、魔女様の…お名前は?」


 開闢の魔女のことが聞けないなら、せめて目の前の少女のことをと、もじもじと恥ずかしそうに尋ねる奏人。

 その仕草に、少女は呆気に取られて微妙な顔をした。


「分からない。両親はいたんだろうけど…殺されたんじゃない? 物心ついた頃には教徒達に囲まれてたし、その頃から魔女様としか呼ばれたことがない」


 少女は無表情のまま、さらりと語る。悲しみも怒りもない顔に、奏人は思わず目を見開いた。


「もし、世界のどこかで両親が生きていたら、会ってみたいですか?」


 少しの沈黙の後、少女は肩をすくめる。


「…会わなくていいよ」


 その満足そうな笑顔に、奏人は静かに頷いた。

 彼自身、もし両親が生きていたら会いたいかと問われれば…答えは同じだった。


「親は子を愛するものだと昔…坊さん(ぼうさん)…塩屋さんが教えてくれたから。会わなくても、その事実だけで生きていける」


 少女の無邪気な笑顔に、奏人はほっこりと胸が温まるのを感じた。

 だが同時に、胸の奥に小さな痛みが走る。


 この少女が、無理にでも大人にならざるを得なかった子供なのだと痛感したからだ。


 その思いは、日をおうごとに奏人の中で大きくなっていった。


 環境が目まぐるしく変わったせいで、その夜は二人ともスマートフォンを触る間もなく眠りについた。

 ただ、寝る直前まで二人の頭の中は「家族」のことでいっぱいだった。



 翌朝――


「速報です。先日、遺体で発見された魔女で女優の…」


 少女は、隣から聞こえるニュース音声で目を覚ました。


「おはよ」


 奏人が先に目覚めているなんて珍しい。

 時計に目をやると――


「やってしまった…」


 時計の針は13時を指していた。

 朝どころか昼の祈りもすっぽかしている。現実逃避で二度寝しようか…そう考える。


「あ、おはようございます! ぐっすり寝てたので、僕が代わりにお祈りしておきましたよ!」


 お祈りに代わりが効くのか…?

 少女は一瞬悩むのをやめ、「ありがとう」と素直に礼を言った。


「魔女様。昨日話していた…魔女狩りにあった魔女ってこの人ですか?」


 スマホには昨日見ていた動画の女性が映し出されている。


「そうだね…現場、結構近いね」


「単独犯かもね。魔女相手にして一人で勝てるとは到底思えないけど」


「なんで分かるんですか!?」


 奏人は目をキラキラさせる。表情がころころ変わるその様子が、少女には少し羨ましかった。


「この近辺は誰が住んでる?」


「おぉ〜!」と納得したように声をあげる奏人。


「魔女様がここに住んでるということは、この近辺は魔女様を崇める教徒たちのテリトリーってことですか?」


 理解が早いなと、少女は感心して頷いた。


「でも、少し引っかかるね。魔女狩りにあった魔女も、それを承知でこの近辺に来てたはずだ。考えられるのは、過激派の教徒達による犯行か…あるいは」


 少女は顎に手を添え、思案の色を濃くする。


「教徒の中に、教徒を装った反魔女の人間がいる…ということですか?」


 奏人の推察に、少女は小さく頷いた。

 過激派は、信仰心から他の魔女や教徒に暴力を振るい、殺人事件へと発展することもある。

 一方で、反魔女はさらに厄介だ。


「…とても厄介だ」


 少女はよりにもよって、この信仰心にばらつきのある地域で起きたことに、胃がきりきりし始めた。


「はぁ…お腹すいた」


 現実逃避気味につぶやくと、奏人がガタガタと震え始めた。


「ま、ま、魔女様は、あ、危ないので屋敷にいてください! 僕がモック買ってきます!!」


 その震えは恐怖ではない。おつかいできることへのワクワクが抑えきれない武者震いだった。

 証拠に、頼まれてもいないのにモックに行きたそうだ。


「その板、置いていってね」


 スマホで動画が見たいからだ。奏人は素直にスマホを置いていく。


「魔女様! 行ってきますね!」


 嬉々として飛び出していく奏人を見送りながら、少女は内心でため息をつく。


 昨日まで大火傷だらけだった人間の調子とは思えない…。

 少女はそう呟きつつ、奏人のスマホで再び動画を見始めた。



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