第十話:見えない鎖
この作品を読んでいただきありがとうございます。
10万字を越え、記念にご要望のあったキャラクターの自己紹介も兼ねた番外編を書くことを予定しています。今の所、他サイトで奏人の名前は上がっております。
ぜひ、活動報告や作品感想にてキャラクターをリクエストいただけると嬉しいです!
最新話まで読んでいないという方でも大丈夫です!!感想とか書くの面倒だなって思うかもしれませんが、寛大な心でよろしくお願いします!!
浮かべられた笑みとは裏腹に、奏人の瞳には光がなかった。
「オジサン達に良いことを教えてあげます。スラム出身者は反魔女が多いらしいですよ!きっと、反魔女を掲げる理由は簡単。大人になった僕たちが外の世界を見たとき、魔女なんて存在に救われる人たちが羨ましかったんです。僕たちのことは捨てておくくせに、外の人たちは皆、魔女を…創造神を信じて…バカみたいだって」
淡々と語るその声が、まるで冷たい刃物のように少女の胸を刺した。
「自分にないものを持つ人たちから、魔女っていう存在を奪いたくなるんです」
その奏人の姿に、少女は背筋が凍りつく。震えが止まらない。そこにいるのは、いつもと変わらぬ奏人のはずなのに——確かに恐怖を感じていた。
「スラムの人はなんにもできないと思われがちですけど、生きるために盗みもすれば、強姦犯を殴り殺したりもするんです。ですから…」
「僕も魔女様と一緒です。虫を潰すようにオジサン達を殺せます」
口元に弧を描きながら、奏人の手は司教の首を掴んだまま。既に司教は泡を吹き、意識を失っていた。
その異様な光景に、少女の心臓が強く締め付けられる。
奏人は無言で手を離し、後ろを振り返る。逃げ惑う野次馬たち。ほとんどが既に姿を消していた。
「魔女様…幼少の頃よりお教えしたはずです!!貴方は創造神様より選ばれたお方!その高貴な血に恥じぬ生き方をしなければいけません!ですから、早くお戻りなさい!!」
離れた場所に固まる老人たち。肩や腹、頭から血を流す者もいたが、致命傷ではない。けれど、その目には確実に恐怖が刻まれていた。
「この反魔女の悪魔を、貴方が討たず誰が討つというのですか!!育ててもらった恩も返せず何が魔女か!!創造神様はきっと悲しまれていることです!!」
——どうしよう。
その言葉が少女の頭を埋め尽くす。
生まれたときから独りぼっち。その孤独が、首に絡みついた鎖のように少女を締め上げる。誰も助けてはくれない。もう違う生き方なんてできない。
教徒たちなしでは…老人たち、司教なしでは…私は生きていけない。
もう、後戻りはできない。
少女は震える足で奏人の方へ歩み出す。
「ごめんなさい」
涙に濡れた頬。肩が小刻みに震える。その痛々しい姿に、奏人はほんの一瞬驚いたように目を見開いた。
少女が弓を引くように両手を構え、
「穿て」
その一言で、手元に炎が膨れ上がった。周囲に熱風が吹き荒れる。残っていたわずかな人影も、恐怖で一人残らず逃げ去った。
「わー!すごいですね!」
しかし奏人は怯まない。少女本人ですら熱いのに、魔法も使えぬ奏人が生身で近づいてくる。焼けるような音がジュウジュウと響き、顔をしかめながらも彼は一歩一歩踏み出した。
「僕が、側にいます」
すぐ目の前まで来ると、少女の頬にそっと触れた。
——ありえない。
そんな顔をして少女は膝から崩れ落ちる。炎は力を失い、手から零れて空へと打ち上がった。
「違う…一番ありえないのは…」
空に放たれた炎の矢が、曇り空を吹き飛ばし、一瞬で太陽を呼び寄せる。爆発音が鳴り響き、熱波が地上を襲った。
「穿てと唱えてもなお、奏人に矢を放てなかった私だ…」
「僕が側にいます」という言葉を信じきれなかった。だから、教徒たち…司教たちがいなければ生きていけないと、自分に言い聞かせた。
まただ。胸に広がるのは、後悔の味。
鼻腔を抜ける血の匂い、口内に滲む鉄の味。その全てが、後悔をより濃くした。
「自分の気持ちを諦めないでください。自分に言い聞かせないでください。後戻りが怖いなら僕が手を引きます。いいじゃないですか、今更戻ったって」
涙に濡れ、奏人を前に言葉を失う少女。もう死んでしまいたいと絶望の淵に立たされながらも、奏人は少女の手を取った。
あたりには誰一人残っていない。
奏人は遠くに視線を移す。そこにはまだ震えながら見守る老人たち。
「生まれたときからずっとずっと、自分たちの思い通りになるよう刷り込み続けて、楽しかったですよね?魔女様をダシに宗教団体まで立ち上げて大きくして、権力を振りかざして…気持ちいいですか?」
微笑んだその顔は、異様なほどに綺麗で、ぞっとするほど冷たい。まるで人間の情が完全に抜け落ちているようだった。
「僕は、ちっとも楽しくはありませんし、気持ちよくもない」
途端に真顔になると、奏人は少女を横抱きにする。
「魔女様。ここから動かさないでくださいね」
少女の額を胸に押し付け、優しく言いながら、ゆっくりと老人たちに歩み寄った。
「魔女様は魔女ですから、自由には生きられません。でも…いらない荷物は置いていきましょう。自由じゃなくても、魔女様が魔女様らしく生きられるように」
「そのために、僕が鎖を絶ち切ってあげます」
その声に老人たちは震え、逃げ出そうとする。しかし奏人の方が早かった。容赦なく蹴り飛ばす。
「踏み潰してあげます」
今度は微笑みすら消えた奏人が、老人の頭の上に足を振り上げた。
その時——
「何やってんの。どういう騒ぎ?」




