第百七話:友達
「ほうきで空を飛んだりするのかと思った」
グラウンドに出たひよりの第一声がこれだった。
「基本は自主練よ。それか、自分と似た魔法を使う教師からの手ほどきね」
各々が魔法を練習している姿を見て、ひよりは、ああ、ここはほうきに乗ってスポーツをする某映画の世界じゃないんだと改めて思い出した。
その横で花園は呆れた顔をしている。
「自主練しないの?」
自主練が始まってもひよりの側を離れない花園に問いかけると、鼻で笑われた。
「魔女である私が、他人の前で手の内を晒すわけないでしょう」
その発想自体がなかったひよりは、素直に驚き、「確かに……」と小さく頷いた。
「転入生はしなさいよ。魔女である私が直々に見てあげる」
だが今、ひよりは“魔女”ではなく、ただの“生徒”としてこの学園にいる。やるしかない。
「そうね。あの山、撃ち抜いてみなさいよ」
花園が正面に見える山を指差す。
当然、撃ち抜けると思っていないのか、すでに視線は自分の爪に落ちている。
「撃ち抜いても怒らない?」
確認を取るひよりに、花園はあっさり答えた。
「怒るわけないわよ。撃ち抜けるはずがないもの」
(絶対怒られそうだ…)
内心でそう思いながらも、ひよりは深呼吸した。言質は取った。魔女の言葉は絶対なのだから。
「穿て」
低く、ゆっくりな声とともに、矢を放つような動作。怪我がまだ完治していないから、最小限の力で研ぎ澄ます。
だが、手元から放たれたのはそれに反して轟々と燃え盛る炎だった。
花園だけでなく、他の生徒や教師陣も思わず息を呑む。
「ま、待って!!」
花園が制止の声を上げるが、もう遅い。
矢は地面の芝を焼き焦がしながら一直線に山へ向かって飛び、次の瞬間——
ドォン!!!
山が三つ、跡形もなく吹き飛んだ。
「山、撃ち抜けたよ」
ひよりは振り返り、淡々と言った。
舐められっぱなしは嫌だという思いが、無意識に力を引き出していた。
その光景を見た全員が背筋を凍らせる。
これが珠玉の魔女の推薦者か……
それと同時にひよりは悲鳴を上げそうになる。アームカバーなど治療のためにつけていた物がすべて焼けて消し飛んでしまったと。
(医者に...怒られる!!)
「ば、馬鹿じゃないの!? あれ、夏の合宿場よ!?」
花園が青ざめて叫ぶ。
(そんなの、先に言ってよ……)
ひよりは天を仰いだ。珠玉や菜摘の顔が脳裏をよぎり、胃がキリキリと痛む。
「ご、ごめんなさい……」
引きつった顔で教師陣を見ると、間を置いて——
「コラァァァ!! 何をしている、転入生!!」
生活指導の教師が鬼の形相で怒鳴りながらこちらへ歩み寄る。
(やっぱり怒られた…花園がいいって言ったのに)
そう覚悟を決めかけた瞬間。
「先生。私が撃っていいと言ったのよ?」
花園の声が教員を制止する。
ひよりは、意外そうに花園を見た。
企んでいる顔でもなければ、至って真剣な表情だった。
「そ、そうでしたか。魔女様が……失礼しました」
教師はあっさりと頭を下げ、その場を後にする。
ひよりは安堵の息をついた。
「あれだけの威力の魔法、それにここから山を正確に狙い撃つコントロール力。珠玉の推薦者は伊達ではないのね」
花園の瞳がひよりを真っ直ぐに見据え、僅かに熱を帯びている。
その視線にひよりはドキリとした。
「今までの無礼をお詫びするわ。転入生には、ちやほやされるだけの才能がある。努力だって見て取れた」
あの性格の悪さが際立つ花園が、頭を下げて詫びるなんて——天地がひっくり返るほどの出来事だ。
しかし、ひよりが“魔女”であることを知らずに、純粋に評価してくれたその瞳が、嬉しかった。
「友達……」
無意識のうちに呟くひより。
「一般生徒と魔女が友達なわけないでしょ。自惚れるのも大概になさい」
ツッコミが返ってくるが、そっぽを向く花園の頬がほんのり赤いことにひよりは気づいていた。




