第百六話:転入生と魔女
「何これ」
翌朝。頬の腫れはすっかり引き、そこそこの機嫌で登校していたひよりは、学園の掲示板に大きく貼られたポスターを見つけた。
「あら、ご存じないの? 魔法学院グループの序列に関わる試合の予選よ」
真横でベラベラと話す女子生徒に、ひよりは少しムッとした顔を向ける。
「毎年どこの校も生徒を出してるけど、最後はルーベルリアの生徒同士で戦う構図になるの。正直、私たちは前座に過ぎないわ。決勝戦の観客数なんて、倍どころじゃないもの」
「特別講義にご招待。これのことよ、転入生」
昨日とは打って変わって上機嫌な花園の声が響く。
あれだけ人の頬を打っておいて、なぜそんな笑顔で声をかけられるのか。
ひよりは眉間にシワを寄せ、「これが噂のサイコパスってやつか」と心の中で呟いた。自己完結する。
「試合に勝ったらご褒美あるの?」
ムッとしながらも素直に尋ねるひより。
花園は興味なさそうに視線を逸らしながら答えた。
「自校より序列が高い学園の生徒に勝てば、籍の入れ替えができるわね。毎年出るのは、大抵それが目的の人間よ」
その言葉にひよりも同じくつまらなそうな顔になった。
「転入生もそんなものに興味があるわけじゃないわよね? 珠玉の魔女の推薦だもの。最初からルーベルリアに入れたでしょう?」
“転入生も”という言い方に、ひよりはすぐ気づいた。花園もまた自身と同じ理由でこの学院を選らんだのだろう。
「「私は、憧れを超えるためにここに来た」」
口を開いた花園とひよりの言葉が、ピタリと重なる。
「……」
互いに驚いたように目を見合わせ、次の瞬間、吹き出すように笑った。
「ふふっ。珠玉を超えるなんて可能なのかしら」
挑発的な笑みを浮かべる花園に、ひよりはまっすぐな瞳で応じた。
「珠玉じゃない。開闢だよ」
その一言に、花園は納得したように頷く。
「通りで髪が真っ白なのね」
目を細め、どこか嬉しそうに呟く花園。
「でも、どちらにしたって。ルーベルリアからスタートしてもたかが知れてる。己の力を示すなら、一番下からじゃなくては」
その言葉にひよりは親近感を覚えた。
目標も考え方も似ている。奇妙な共感が芽生える。
「いいよ。特別講義の話に乗る」
昨日の往復ビンタのことなど、すっかり忘れていた。
「あら、まずは私の荷物運びからよ、転入生。魔女と生徒は対等じゃないわ」
(やっぱりこの人、性格悪い……)
内心でそう悪態をつきながらも、ひよりは口に出さなかった。
「試合では私の引き立て役として頑張ってちょうだいね、転入生」
ひよりはそこで、ひとつ技を覚えた。
「チッ」
16歳にして人生初の舌打ち。
だが、この気分屋の魔女をうまく扱えば、上機嫌のまま揉めずに済むだろうと様子見を決めた。
花園の後ろを歩きながら、ひよりは小さくため息をついた。
「次はグラウンドよ。私の荷物、運んでくださる?」
俗に言う“パシリ”だ。
周りの生徒や教師は、珠玉の推薦者が魔女のパシリをしていることに心臓がバクバクし、口から心臓が出そうなほどの衝撃を受けていた。
「グラウンドってどこ」
嫌そうな顔をしていたひよりだが、次第に目を輝かせていた。
花園についていけば、クラスのみんなと普通に授業を受けられると気づいたからだ。
「そこの窓から飛び降りてすぐよ」
その言葉を聞くや、ボールを投げられた犬のように勢いよく窓から飛ぶひより。
この日、教室の生徒と教師全員が強烈な胃痛を訴え、病院に運ばれたという。
原因は、全員ストレスだった。
「転入生……手ぶらで飛ぶんじゃないわよ……」
花園は呆れたようにため息をつく。
多分、この転入生は荷物持ちには使えない。そう確信した。




