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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第四章:偽りの輝き
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第百五話:頼る力

「っ! ひよ……ましろ様、早くこちらへ!!」


 さすがに両頬を真っ赤に腫らした痛々しい姿のまま、一人で家に帰すわけにはいかない。

 レイシス、そして理事長は珠玉邸を訪れていた。

 玄関から入ってすぐ、出迎えた和哉がひよりの姿を見て、慌てて手招きする。


「痛くない」


 確かに痛かった。でも、それは一瞬だけで、今はジリジリと熱を帯びているだけ——そう言い聞かせるように口にした。

 しかし和哉は、ひよりの頬を見つめ、酷く顔を歪めた。


「ひより様は痛くなくても……私が、とても痛いです」


 ひよりにだけ聞こえる小さな声。

 その言葉にひよりの肩がピクリと揺れる。

 和哉の瞳には、涙が今にも溢れそうに溜まっていた。


「ごめん……なさい」


 シュンと落ち込むひより。

 それを見て、和哉は慌てたように明るい声を出した。


「おやつ、用意してますからね!」


 ひよりの喜びそうな話題を持ち出し、場の空気を変えようとする。


 この日は珠玉の帰りが遅い。下手をすれば帰ってこない。

 そのため、菜摘が理事長たちの対応を引き受けた。

 ひよりの許可も取り、珠玉には今回の件を報告しないことに決まった。


「学校、明日は休むか?」


 一通りの対応が終わった後、菜摘がひよりに声をかける。


「明日も、理事長先生と授業して、草むしりするの」


 ニコリと、楽しそうに笑うひより。その笑顔に「行かないで」とは言えなかった。

 菜摘は心の奥でため息をつく。

 理事長やレイシスからひよりの学校での様子を聞いて、兄や親代わりの立場としては行かせたくない気持ちが強かった。


 珠玉の名を出さねば、いくら末端とはいえ魔法学院グループに入れるわけがない。

 それでも出してしまった。ひよりが憧れていた学園ライフとは程遠い現実。

 菜摘の心には葛藤が渦巻いていた。


「たくさん勉強して……いつか、みんなの頼れる魔女になるからね……」


 ひよりは拳を軽く握り、目を細めて言った。

 みんなが「ついていきたい」と思える魔女に。

 フクロウが行っていたような強制的な支配と信仰ではない、平和と平等のための力。

 その気持ちは、少なからず直哉から受けた影響だ。

 小さくても、少しずつ芽生え始めている。

 教団フクロウの教徒たちを救いたい——その想いが確かに心の奥で灯っていた。


「すごい魔女っていうのは、頼るのも上手い魔女のことだぞ」


 菜摘は少し照れ臭そうに笑いながら言った。


「兄貴が特にそうだ。自分一人で何でも決定できるし、全てを従わせる力もある。魔女で、白百合グループの長だ。だが……兄貴は()()()()()()()を選んだ。白百合の血が途絶えたとしても、社員たちが自分たちだけでグループと共に生き残ってくれるように。だから、重要な仕事もいろんな社員に任せてる」


 普段は口にしないような兄への敬意。

 その瞳には確かな尊敬の光が宿っていた。


「直哉で言えば第一聖教会の医療スタッフ、紅玉様で言えば紅玉大同盟もそうだろう。魔女が一般人を助ける必要なんて、本来ない。それでも助ける。そして、共に肩を並べて歩く。少なくとも俺は……ひよりにはそういう人間になってほしい」


 菜摘の本音。

 ひよりは真剣な瞳で見上げ、コクリと頷く。

 気づけば和哉や硝子、隼人たちも静かに聞き入っていた。


「子供だからじゃありません。ただ、頼ってほしいんですよ」


 硝子の穏やかな声に、ひよりの目が潤む。

 もう一度大きく頷くと、皆が優しい笑顔で迎えてくれた。


「でもまぁ、」


「舐められっぱなしって、気分よくないですよね」


 菜摘と隼人が珍しく意見一致。

 硝子も、隣で小さく剣を振る仕草をしながら同意の意を示している。


「大事になったらまずいんじゃ……」


 和哉のその一言に、一同はぎりぎり残った理性で踏みとどまる。

 確かに事が大きすぎて、ドンパチやって終わる話ではない。面倒ごとになるのは目に見えていた。


「大事にならない程度に勝つ」


 しかし、そんな理性もひよりの一言で吹き飛んだ。

 珍しく、ひよりがやる気なのだ。

 どう転んでも本人がそう決めたなら、従者はそれに従うしかないだろう。


「程々にな」


 菜摘が苦笑する。

 ひよりは全員の視線を受け、大きく頷いたのだった。



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