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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第四章:偽りの輝き
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第百四話:過去への挑戦

 睨みつけてくる花園の手を払い、レイシスを庇うようにひよりが立つ。


「そんな目で見ないで。それに、あなたと一緒に行くのは嫌」


 その言葉にレイシスは、何かを諦めたように視線を落とし、花園は怒りのままひよりの頬を引っぱたいた。


 パシッ——!


 乾いた音が教室に響き渡る。

 ひよりは一瞬目を閉じ、熱を持った頬にじわりと痛みが広がるのを感じた。

 それでも彼女は、怯まずに花園を見返した。


 パシッ! パシッ!


 二度、三度。

 その度に、周囲の生徒たちは息を呑む。

 誰もが廊下に張りつき、動けないでいる。

 教師すら目を逸らし、足を一歩も踏み出さなかった。

 ——魔女の行動は、すべてが「正しい」とされるのだから。


「愛莉君。やめなさい。ましろ君を打つのは間違いだ」


 その声は、誰も助けに入れない緊張を切り裂いた。

 教室を出ていったはずの理事長が、廊下の奥からゆっくりと戻ってきていた。


「魔女に意見とは……いい度胸じゃない」


 怒りが落ち着いてきたように見えた花園だが、理事長の言葉にまた目を吊り上げた。


「私はこの学園の理事長だ。私の園に出入りする以上、私がここの法であるとは思わないのかの」


 穏やかな声だった。だが、その中に押し潰されるような気迫が滲む。

 花園は歯を食いしばり、それ以上反論することはなかった。


「痛かったのに……頑張ったの。私はお友達を守ったましろ君が誇らしい」


 理事長は花園や他の生徒たちを一瞥し、臆することなくひよりの頬に手を添える。

 誰もがその光景に息を呑むが、ひよりにだけは分かった。


「えへへ」


 緊張が溶けるように、ひよりは小さな笑みを浮かべる。

 この人は、もし自分が魔女だと知っても、他の生徒と何ら変わりなく接してくれるだろう。

 魔女だとか一般生徒だとか、この人にとっては関係ないのだ。

 すべての人が等しく“生徒”。

 そんな人に出会えたことが、ひよりはただ嬉しかった。


 花園がその場を去ると、レイシスの証言によって花園がひよりに攻撃を仕掛けたことが明らかになり、教師陣からどよめきが起こった。


「他校へ……転校したほうが……」

「よりにもよって、魔女様と珠玉様の推薦者が衝突なんて……とてもじゃないが我々の手に負えない……」


 教師たちは同じ魔法学院グループの別校への転校を強く薦めたが、ひよりも理事長も首を縦には振らなかった。


「私は悪くないもん。だから、転校しない」


 強い口調で言うひよりに、理事長はゆっくりと頷いた。


「生徒同士の喧嘩。ならば、生徒同士で解決するのが学校という小さな社会。我々教師が口を出すことではない」


 その言葉に、ほとんどの教師が声を荒げる。


「理事長!!普通の生徒同士じゃないから言ってるんでしょう!!」

「そうです!!魔女様と珠玉様の推薦者!!もしまた衝突して、どちらかにこれ以上の被害が出れば、世間から我々は袋叩きに!!」

「珠玉様が我々を潰しに来ますよ!!」


 二人の衝突は、学校存続すら危ぶむ事態だった。それでも理事長は静かに言い放つ。


「私は理事長だ。私には生徒を等しく律し、育てる義務がある。異論がある者は出ていきなさい」


 その言葉に、沸点を超えた教師たちは次々に教室を出ていった。

 彼らの一部始終を見ていた生徒たちも、駆け足で教室を去っていく。


「なんで、そんなに私を庇うの?」

「そうだよ、()()()()()……しろちゃんには悪いけど……相手が悪いでしょ」


 ひよりとレイシスが同時に声を上げると、理事長はシーッと口元で指を立てた。


「とても不器用な女性がいたのじゃ。もう何十年も昔のこと。彼女はルーベルリアに籍を置きながら、リルグノーツに足繁く通っておった」


 そう語る理事長は、ひよりとレイシス双方の頭を優しく撫でる。


「魔法の優劣で人を見ないこの学園が、居心地が良いのじゃと。友人たちを連れて頻繁に理事長室に顔を出してくれた」


「彼女の言葉がきっかけで、私は居心地の良い学園を作りたいと思ったのじゃ」


 その言葉に、ひよりの頬が少し緩む。

 レイシスもまた、少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに理事長の話に耳を傾けていた。


「彼女にそっくりな……ましろ君を見て、贔屓してしまっておるのも事実じゃがな」


 そう微笑む理事長に、ひよりは心臓がドキリと跳ねる。

 自身にそっくりな“彼女”——開闢しかいないだろう。

 ルーベルリアに籍を置いていたというのも、その裏付けだ。


「どんな人だったの?」


 すかさず、ひよりは尋ねた。


「友人たちも光り輝く宝石のように、才能に溢れ、カリスマ性を持ち合わせていた。そして何より……その中でも飛び抜けて異彩を放っておった。自由で、縛りを何よりも嫌う。彼女の纏う炎は、シャーマナイトのように真っ黒で……それでいて様々な色が垣間見える。魔法の美しさに息をのんだのは、生まれて初めてだったの」


 理事長の顔には、今も鮮明に蘇る記憶の影があった。

 そんな彼に、ひよりはまっすぐな瞳で言い放つ。


「私の炎の方が綺麗」


 過去の彼女(開闢)への挑戦状。

 理事長の言葉は、ひよりの胸に新たな火を灯したのだった。



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