第百二話:転入生
「ましろちゃん、いらっしゃーい!」
初めての学校。足取りは軽く、近づくにつれて頬が緩む。
校門前に立っていたのは、見知った背の高い男性だった。
「…れいしす、さん」
名前をカタカナで書くような知り合いもいなかったひよりは、ぎこちなく呼ぶ。
レイシスはクスリと笑った。
「ましろじゃない。ひより」
そう即座にツッコむひよりに、彼はシーッと口元に指を立てる。
「魔女だってバレちゃダメなんだよ?本名もどこで誰が聞いてるか分からない。隠してて損なし!」
「入学書類も“ましろ”になってたし」
ギョッとするひより。
紅玉が言っていた「まっしーの秘蔵っ子」って、つまり開闢の秘蔵っ子。
まっしー=ましろ…?
(誰が開闢の名前つけられて喜ぶの!)
内心ムッとするひより。
「ましろちゃん、略して“しろちゃん”!ね、しろちゃん!」
「しろじゃない!」
ひよりの抗議も聞かず、レイシスは軽い調子で続ける。
「突然だけど、俺大学組だからさ。学年どころか校舎も違うんだよね」
「…大学って?」
校舎が違う…?そんな目でレイシスを見る。
「学校=みんな同じ教室」だと思っていたひよりは、一瞬で絶望する。
「しろちゃんは高等部1年生でしょ?今年の1年生は多いから友達たくさんできると思うよ〜」
そう言って手をひらひら振り、どこかへ去っていくレイシス。
「…どこ行けばいいの…」
ひよりは校門で立ち尽くした。
「おや、転入生の子かな?珠玉様の推薦で入学するって聞いているよ」
声をかけてきたのは、ジャージ姿で首からタオルをかけたおじいさん。
手には大量の雑草。掃除中のようだ。
「それ、やったことある。」
草を指差すひよりに、おじいさんは目を丸くしてから笑った。
「やってみるかい?」
ひよりは制服のローブを脱ぎ、柱のそばに置くと、そのまましゃがみこんだ。
こうして、入学初日から草むしりが始まった。
その頃、大聖堂では——
「この時期に転入生?9月入学もう過ぎてるよね?」
「珍しいね。どんな子だろう」
「つーか転入式もう時間過ぎてね?つか転入式って何だよ」
ざわつく在校生たち。
教師陣はさらに焦っていた。
「噂じゃ魔女様の推薦で入学するから、盛大に歓迎するらしい」
「マジ!?どの魔女様なんだ?」
歓迎ムードの裏で、生活指導部長の怒声が響く。
「レイシス!!転入生はどうした!!」
「え〜?気づいたら後ろついて来てなかったんだもん」
軽い調子のレイシスに、生活指導部長は「今日こそ退学にしてやる!」と怒鳴る。
副理事長も声を荒げる。
「理事長は!?理事長はどこだ!!」
収拾がつかず、この日の転入式は延期となった。
夕方——
屋敷に戻ると、和哉がパウンドケーキを用意して待っていた。
「ひより様、今日は何をされたんですか?」
「学校の木をウサギさんにしてた!」
目を輝かせてそう言うひよりに、和哉はフフッと微笑む。
近くにいた智春も、つられて笑った。
「ひより、ちょっといいか?」
モグモグとケーキを頬張るひよりに、菜摘が声をかける。
「転入式、出なかったのか?兄貴に学校から鬼電かかってきてたらしいぞ」
「転入式ってなんだ…」
ひよりは何がなんだか分からず、とりあえず頷いた。
表向きは「他高校からの転入」という設定のひより。
だが初日から転入式を無断欠席し、伝説を作ったのだった。




