第百一話:燈される者
ひよりは談話室に珠玉がいると聞き、緊張しながら向かった。
そこには紅玉と菜摘の姿もあった。
「はぁ…」
深いため息が聞こえる。
「紅玉さんと菜摘から話は聞いている。その件について今ちょうど話し合っていたところだ」
ひよりは少し身を縮める。菜摘が横の席を指差したが、紅玉に抱き上げられ、そのまま膝に座らされてしまった。
「まず、全寮制だということは理解しているのか?」
思っていた質問と違い、ひよりの肩がびくりと揺れた。
てっきり「どうして行きたいのか」と聞かれると思っていたからだ。
…そもそも“全寮制”の意味すらよく分かっていない。
「入学したら、少なくとも長期休みまでは家に帰れないってことだよ。普段は学校の人たちと寝起きして生活するの」
紅玉が柔らかく説明すると、ひよりの表情が少し強ばった。
いくら16歳とはいえ、最近やっと「甘えること」を覚え始めたばかりの彼女には、不安が大きい。
「ひよりは心配しなくても、すぐに友達ができる。寂しくなんてならないだろ」
菜摘が優しく言えば、ひよりは少しだけ頬を緩めた。
「…理解した、よ」
「分かった」
珠玉は苦い顔をして、再び深いため息をついた。
「交渉力、人間関係、社会の縮図を知るには学校生活は欠かせない。不遇な事情を考えれば、これを逃せば二度と通う機会はないだろう」
そう言いつつも「それについては異論はない」と付け加える。
つまり、他には異論があるということだ。
「叡智ちゃん、ごめんね」
紅玉が口を開いた。
「タイガーって冷たそうに見えて、一回心を許すと依存しちゃうタイプでさ。今、シスコンムーブかまして屋敷から出したくない葛藤と戦ってるから…付き合ってあげて」
紅玉の軽口に、菜摘はため息をつきながら額を押さえる。
どうやらこの光景は、彼らには「いつものこと」らしい。
「…学長にかけ合おう。月一…いや、週一で顔を出すように」
ようやく珠玉の中で葛藤に決着がついたらしい。
清々しい表情でそう言うと、紅玉と菜摘は呆れたように更なるため息を漏らす。
二人の視線は「ひより、飲んであげて」という意味だった。
「…うん。寂しいから、会いにいく」
ひよりは簡単に頷いた。
それは不安と寂しさがあったからこその返事だったが、珠玉には「さらなるエサ」として届いてしまった。
「もう、屋敷から通え」
結局、屋敷から通学することになったのだった——。
そこからの日々は怒涛の忙しさだった。
叡智の魔女は現在「生死不明」の扱いのため、身分を伏せて入学手続きをしなければならない。
珠玉が推薦文を送ると、翌日にはリルグノーツの学長一同が訪れ、交渉の末、入学が決定した。
「叡智の魔女様、お会いできて光栄ですっ!!」
数日後には日本一と呼ばれる魔法画家の先生を呼び、ひよりに魔法ペイントを施す。
目の色、髪色、髪質まで全て別人のように変わった。
「オバサン…みたい。」
鏡に映る自分を見て、思わずつぶやく。
真っ白な髪に、翡翠のような透明感のある瞳。その姿はどこか開闢を思わせた。
「そう言うな。先生は似合う姿を選ぶ。それが職業だ」
珠玉の言葉に渋々頷く。
その後、腕の回復を待ちながら日々が過ぎた。
毎朝洗面所で包帯交換のたび悲鳴を上げるひよりの姿に、屋敷の面々は苦笑していたという。
「包帯、取れる?」
医師に問うと、優しく頷かれた。
「ですが、まだ皮膚は再生途中です。刺激は禁物。
医療用アームカバーと手袋を必ず着用し、毎日洗うこと。薬も欠かさず塗ってくださいね。」
やっと許可が出て、ひよりはルンルン気分で廊下を歩く。
「魔女様、やけに上機嫌だな」
「ひより、何かいいことあったのか?」
それを見た智春と菜摘が声をかけた。
「包帯、取れるって」
二人は顔を見合わせて微笑む。
「なら、そろそろ学校デビューか」
菜摘が言えば、ひよりはウンウンと頷いた。
「それは楽しいな」と智春が頭を撫でる。
まるで兄妹のような光景を、珠玉が影からこっそり写真に収めていた。
後日、それは彼のスマホの待ち受けになっていた——。
「いってきます!」
一週間後、ついに制服が届き、待ちに待った初登校の日。
「あれ、幼稚園行くのか?」
玄関に集まった屋敷の人々を見て、智秋が呟く。
すると魔法が溶けたように、人々が次々口を開いた。
「兄様…いくら何でも16歳の女の子にヒヨコのリュックは…」
智春が引きつった顔で珠玉に言う。
「そう言う兄貴も、ヒヨコ柄のハンカチあげてただろ」
菜摘も呆れ顔で智春に続けた。




