表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤城のアトリエ  作者: 伊織
第四章:偽りの輝き
102/109

第百一話:燈される者

 ひよりは談話室に珠玉がいると聞き、緊張しながら向かった。

 そこには紅玉と菜摘の姿もあった。


「はぁ…」


 深いため息が聞こえる。


「紅玉さんと菜摘から話は聞いている。その件について今ちょうど話し合っていたところだ」


 ひよりは少し身を縮める。菜摘が横の席を指差したが、紅玉に抱き上げられ、そのまま膝に座らされてしまった。


「まず、全寮制だということは理解しているのか?」


 思っていた質問と違い、ひよりの肩がびくりと揺れた。

 てっきり「どうして行きたいのか」と聞かれると思っていたからだ。


 …そもそも“全寮制”の意味すらよく分かっていない。


「入学したら、少なくとも長期休みまでは家に帰れないってことだよ。普段は学校の人たちと寝起きして生活するの」


 紅玉が柔らかく説明すると、ひよりの表情が少し強ばった。

 いくら16歳とはいえ、最近やっと「甘えること」を覚え始めたばかりの彼女には、不安が大きい。


「ひよりは心配しなくても、すぐに友達ができる。寂しくなんてならないだろ」


 菜摘が優しく言えば、ひよりは少しだけ頬を緩めた。


「…理解した、よ」


「分かった」


 珠玉は苦い顔をして、再び深いため息をついた。


「交渉力、人間関係、社会の縮図を知るには学校生活は欠かせない。不遇な事情を考えれば、これを逃せば二度と通う機会はないだろう」


 そう言いつつも「それについては異論はない」と付け加える。

 つまり、他には異論があるということだ。


「叡智ちゃん、ごめんね」


 紅玉が口を開いた。


「タイガーって冷たそうに見えて、一回心を許すと依存しちゃうタイプでさ。今、シスコンムーブかまして屋敷から出したくない葛藤と戦ってるから…付き合ってあげて」


 紅玉の軽口に、菜摘はため息をつきながら額を押さえる。

 どうやらこの光景は、彼らには「いつものこと」らしい。


「…学長にかけ合おう。月一…いや、週一で顔を出すように」


 ようやく珠玉の中で葛藤に決着がついたらしい。

 清々しい表情でそう言うと、紅玉と菜摘は呆れたように更なるため息を漏らす。

 二人の視線は「ひより、飲んであげて」という意味だった。


「…うん。寂しいから、会いにいく」


 ひよりは簡単に頷いた。

 それは不安と寂しさがあったからこその返事だったが、珠玉には「さらなるエサ」として届いてしまった。


「もう、屋敷から通え」


 結局、屋敷から通学することになったのだった——。


 そこからの日々は怒涛の忙しさだった。


 叡智の魔女は現在「生死不明」の扱いのため、身分を伏せて入学手続きをしなければならない。

 珠玉が推薦文を送ると、翌日にはリルグノーツの学長一同が訪れ、交渉の末、入学が決定した。


「叡智の魔女様、お会いできて光栄ですっ!!」


 数日後には日本一と呼ばれる魔法画家の先生を呼び、ひよりに魔法ペイントを施す。

 目の色、髪色、髪質まで全て別人のように変わった。


「オバサン…みたい。」


 鏡に映る自分を見て、思わずつぶやく。

 真っ白な髪に、翡翠のような透明感のある瞳。その姿はどこか開闢を思わせた。


「そう言うな。先生は似合う姿を選ぶ。それが職業だ」


 珠玉の言葉に渋々頷く。


 その後、腕の回復を待ちながら日々が過ぎた。

 毎朝洗面所で包帯交換のたび悲鳴を上げるひよりの姿に、屋敷の面々は苦笑していたという。


「包帯、取れる?」


 医師に問うと、優しく頷かれた。


「ですが、まだ皮膚は再生途中です。刺激は禁物。

 医療用アームカバーと手袋を必ず着用し、毎日洗うこと。薬も欠かさず塗ってくださいね。」


 やっと許可が出て、ひよりはルンルン気分で廊下を歩く。


「魔女様、やけに上機嫌だな」


「ひより、何かいいことあったのか?」


 それを見た智春と菜摘が声をかけた。


「包帯、取れるって」


 二人は顔を見合わせて微笑む。


「なら、そろそろ学校デビューか」


 菜摘が言えば、ひよりはウンウンと頷いた。

「それは楽しいな」と智春が頭を撫でる。

 まるで兄妹のような光景を、珠玉が影からこっそり写真に収めていた。

 後日、それは彼のスマホの待ち受けになっていた——。


「いってきます!」


 一週間後、ついに制服が届き、待ちに待った初登校の日。


「あれ、幼稚園行くのか?」


 玄関に集まった屋敷の人々を見て、智秋が呟く。

 すると魔法が溶けたように、人々が次々口を開いた。


「兄様…いくら何でも16歳の女の子にヒヨコのリュックは…」


 智春が引きつった顔で珠玉に言う。


「そう言う兄貴も、ヒヨコ柄のハンカチあげてただろ」


 菜摘も呆れ顔で智春に続けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ