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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第四章:偽りの輝き
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第九十九話:社交の場

 ひよりが珠玉宅に来てから1ヶ月と少し。

 寒さが一段と厳しくなり、吐く息も白くなった頃——


「ただいま〜ん!!あんまん買ってきたぞぉー!!」


「貴方、1円も出してませんけどね」


 珠玉はゲッソリした顔で玄関をくぐる。迎えに行く前、頑なに「家に入れるのは嫌だ」と言っていた理由がよく分かった。紅玉の退院イベントは、想像以上にエネルギーを吸い取ったのだろう。


「あんまん、ください。」


 香ばしい匂いに釣られ、ひよりが一番乗りで走ってきた。紅玉は「ひより〜!」と声を上げ、強烈な抱擁をかます。


「痛い、つぶれちゃう。あんまん」


 痛いのは自分だが、潰れるのはあんまんである。


 そんな様子を見ていた珠玉が、冷ややかに一言。


「菜摘の嫁に手を出さないでください」


 ぞろぞろと玄関に集まった面々は、心の中で一斉にツッコミを入れる。


(だから嫁じゃねぇから)


「えぇー。じゃあ私、タイガーに貰われてあげようか?」


「丁重にお断りします」


「じゃあ、タイガーの兄弟に」


「お断りします」


 珠玉にも一応こだわりはあるらしい。誰でもいいわけではない。

 ひよりはスルリと紅玉の腕から抜け出し、あんまんを手に取った。


「手は洗ったか?」


「うん」


「返事は、はいだ」


「はい」


「冷めていたら厨房で温めてもらえ」


 頭を撫でる珠玉。その姿に一同はまた内心で突っ込んだ。


(お母さんかよ)


「手の空いた者から広間へ。今後について確認する。いない者たちにも声をかけておけ」


 珠玉の言葉に皆が頷く。1時間足らずで広間に集まったのは——

 なんと、100を超える人間の群れだった。


「おーう、紅玉ちゃん来たぜ〜!帰ったら退院祝いだなー!」


「おー!!おっちゃん、来てくれたん?マジ助かる〜!」


 静寂を打ち破るように、大声で喋り始める紅玉と髭だるまの男。

 この自己中心的なテンション、流石は魔女だと周囲は思った。


「ゴホン。代表毎に座ってもらったが、念の為軽く自己紹介といこう。特に叡智とその従者は初めての参加だからな」


 円卓を囲む見知らぬ面々。ひよりにはただの「おじさん」「お兄さん」…などにしか見えなかった。


「叡智ちゃん、こっちこっち!この髭だるまなおっちゃんが、ウチら紅玉大同盟の長だよ」


 紅玉が勢いよくひよりを引き寄せる。


「名前言っても分かんないだろうから言っちゃうと、日本の農業・林業・漁業の三本柱支えてるめっっっちゃすごいおっちゃん!」


「お米食べるっしょ?」


 そう聞かれ、ひよりは目を輝かせて男性を見た。


「ごちそうさまです」


 深々と頭を下げると、パンパンと力強く背中を叩かれる。


「ガハハッ!叡智の魔女様がどんなもんか見に来てみりゃ、ちっちぇーなぁ!米をいっぱい食って、好き嫌いなく育たねぇとだめだぞ!」


 豪快な笑い声。ひよりも負けずに「はい!」と頷く。


「叡智様ー!!叡智様、こっちこっちー!」


 急に腕を引かれ、よろけた先で背の高い青年にぶつかりそうになる。


「バカ!怪我してるって聞いてたのに腕引くんじゃねぇ!」


 ゴツンッ。別の男性が青年の頭を殴り、青年は涙目に。


「すまねぇな。跡継ぎだから連れてきたんだが、頭が悪くてな」


「こいつのオヤジです。すんません」


 深々と頭を下げる男性。驚いたひよりは思わず菜摘や和哉に視線を送るが、「前を見ろ」とジェスチャーされる。


「申し遅れたが、地方の中小が集まった組織の長をやってる。うちもここは初参加だ。魔女様方に後ろ盾をお願いしたいんだ」


「罰ならいくらでも受ける。どうか、今後とも仲良くしてください」


(なるほど…ビジネスの場でもあるんだ)


 ひよりは悟る。ここにいる人々は皆、魔女たちと対等に交渉するために集まったのだ。


「え、と…うん…じゃない…はい。よろしく、おねがいします」


 急に緊張が襲い、声が震える。すると、先ほどの髭だるまが口を開いた。


「魔女様はまだ社交の場に慣れてねぇよな。兄ちゃん姉ちゃん達の中に誰かいねぇのか?一人で立たせるのは可哀想だろ」


 ひよりの肩がピクリと揺れる。そして——


「ちゃんと、できる」


 大きな声で言い切る。力強い目線が向けられ、場が一瞬静まった。


「そうかいそうかい!そりゃ悪かったなぁ!」


 豪快に笑いながら、また頭を撫でられるひより。

 その表情は、どこか誇らしげだった。



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