第九話:仇をなす
この作品を読んでいただきありがとうございます。
10万字を越え、記念にご要望のあったキャラクターの自己紹介も兼ねた番外編を書くことを予定しています。今の所、他サイトで奏人の名前は上がっております。
ぜひ、活動報告や作品感想にてキャラクターをリクエストいただけると嬉しいです!
最新話まで読んでいないという方でも大丈夫です!!感想とか書くの面倒だなって思うかもしれませんが、寛大な心でよろしくお願いします!!
よく聞いたことのある声がした。こっそり出てきたはずなのに、屋敷の者たちが真後ろにいたのだ。屋敷の最高責任者をしている司教と、それを囲むように、少女を幼少から知る老人たち。
「さぁ、魔女様。戻りましょう」
ニッコリと浮かべられた胡散臭い笑み。少女は反論するように口を開く。
「私はこれから、」
「これから、どうされるおつもりですか?我々だけ仲間はずれは寂しいではありませんか。ねえ?魔女様」
司教の言葉に、少女の唇がかすかに震えた。まるで親に諭される子供のように、真っ青な顔で下を向く。
「さぁ、帰りましょう」
光のない目でそう告げる司教。その視線に、少女はビクリと肩を揺らす。どちらが屋敷の主なのか、どちらが偉いのか——それはもう逆転しているのが一目でわかった。
少女は俯いたまま顔を上げない。奏人と目が合うこともない。ただ、感情を押し殺すように黙り込み、老人たちに迎えられる。
「さぁ、魔女様、いきましょう」
「魔女様、よくお戻りになられました」
老人たちは少女を囲み、その中心に少女が歩く。口々に戻ってきた少女に言葉をかけ続け、まるで囲い込まれた蕾。未来永劫、光も差さぬ谷底で、花開くことを夢に見て枯れるようだった。
先程までの楽しそうな少女の面影などなかった。
「あっ!!」
「貴様!!」
「魔女様、次どこ行きますか!僕はまたモック食べたいです!」
少女と目が合わない。奏人は走った。老人たちを押しのけ、顔を出した。やっと少女と目が合えば、すぐに引き離される。
「そ男男を捕らえろ!!今すぐに四肢を落とし二度と魔女様に触れさせぬようにしなさい!!」
司教が声を荒げる。老人たちはぞろぞろと歩き出し、引き離され倒れ込んだ奏人を囲む。
「やめて…」
小さな声で少女は呟いた。
「何をやめるのですか?」
しかし、司教の言葉一つで黙り込み、奏人に背を向けた。老人といえども、全員が魔法を使える者たち。奏人が太刀打ちできるような人間たちではなかった。
声にならない声が喉に詰まる。今すぐ助けに行きたい——その願いが、足を縛る鎖に変わった。体は震え、指先まで冷えていく。
「魔女様、まっ…」
ゴキッ。そんな音を立てて奏人は地面に叩きつけられる。
「あ"ぁ"ァァっ!!」
奏人の叫び声に肩を震わせる。
「魔女様、行きますよ」
有無を言わさぬ、睨みつけるような顔で少女を見る司教。
この異様な光景に、通行人は足を止め、いつしかすごい量の野次馬となっていた。
(ーー僕がこれからは、魔女様の側にいますから!)
あのヘニャリとした笑顔が、脳裏にちらつく。その顔が血に染まり、かすんでいく光景と重なった。
「奏人…」
誰にも聞こえない。そんな声に、すべての気持ちを乗せた。
助けてほしい。自由になりたい。助けたい。自由にしてあげたい。
自分の中で入り混じるその想いが、胸をかき乱した。
意を決して振り返る。足を向ければ、嫌でも目に入った。
体が焼けただれた奏人が、膝をつき、天を見上げていた。
(出会わなければよかった…)
もう容赦はしないと、少女の首根っこを持ち、引きずる司教。引きずられる少女は、声を上げて泣きじゃくった。
「かなとっ!!」
本当に四肢を落とすつもりなのか、鎌を振り上げる老人。
ただ手を伸ばし、名前を叫び、泣きじゃくるしかない自分に絶望する。
短い間に何度も何度もそれを繰り返した。
「ひ、ひぃっ!や、やめろ!!」
「来るな!来るなっ!!」
グシャリ。グシャリと音がする。
奏人は、私のせいで死んだのだ。私と出会わなければ…
そう下を向くが、老人たちの悲鳴が聞こえる。
思わず、顔を上げたとき…
「みーつけた ♪」
その声は、どこか楽しげで、そして冷たかった。
いつの間にか、少女は奏人に横抱きにされていた。
ボトリと何かが落ちる音。
首を横に向ければ、少女の首根っこを掴んでいた司教の腕。肩からごっそりと落ちていた。
「うわぁぁぁっ!!」
唸り声を上げ、膝から崩れ落ちる司教。
左肩を抑えてうずくまる姿を見て、初めて少女はそれが本当に司教の腕だと理解した。
「貴様!!魔女様に、創造神様に仇なす悪魔だ!!悪魔に違いない!!」
老人の一人がそう叫ぶ。その叫びに、数々の野次馬がスマートフォンを向ける。
面白がる者、創造神や魔女に仇なす者に罵声を浴びせる者、恐怖に震える者。反応は様々だった。
「あれ、魔女様にお勉強を教えたのはこの人たちじゃないんですか?」
キョトンとした表情で奏人は少女を見る。
そんな姿に、少女は無意識にコクリと頷いた。
「ですよね!」
奏人は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が、どこか狂気じみて見えた。




