彼女の奏でる演奏は
彼女は足元の水溜まりをちゃぷちゃぷと足で演奏しながら言った。
「恋情って虚しいものだと思わない?」
突如言われた恋情という単語、彼女の口から出てくると予想できなかった言葉。
「君はどう思う?」
演奏をやめ、振り返った彼女の視線は私を射抜く弓のように目を離さない。その視線から逃げる獲物の私は彼女の瞳から足元の水溜まりへ視線を落とす。
「私は、」
言葉が詰まる、彼女の視線は私から逸らされる事なくただ一点を狙っている。
「わたし、は、虚しいと思わない、その虚しさが分からない」
弓をおろした彼女は「ふーん」と鼻で軽く相槌をし、演奏を再開した。そして自分は作曲者だと言わんばかりに言葉を放つ
「私の思う恋情での虚しさって、お互いの気持ちがあっても絶対と言えるほど手の届かないものであって、どんなに望んでも叶わない状況のことを私は虚しいと思ったんだよね」
軽やかに奏でながら綴られる音たちを私のちっぽけな頭は理解が出来なかった
絶対と言えるほどの手の届かないものは存在しないと思うからだ。現実での恋愛において可能なものしかない、心中でさえ現実は可能とする。その疑問が顔に出ていたのか彼女は曲の終演と告げるように足を止め、私たちは向かい合った
彼女はこちらに近寄り、私の指に手を絡ませる
私たちが恋人だと錯覚するような距離感に私は息を飲んだ
「絶対手の届かないもの、相手がこの世にいるけど居ない。そんな状況のこと。絶対と言っても叶わない。」
あは、息飲んじゃって。私に意識してる?_と悪戯好きな子供みたいに笑う彼女
現実に相手がいない、彼女の相手と読める存在はこの世に存在せず、彼女はその相手に恋情を抱いている
つまり彼女は触れらないものを常に想い続けているということなのか?
息が触れる近さで熱い顔とは裏腹にどこか冷めた頭の隅で思考を回す
『いつ、その虚しさが爆発するかも分からない爆弾を抱えて…??』
口から出てしまっていた言葉に彼女は少し目を見開き 顔を曇らせた
でもすぐに笑って
「…恋情って、毒だし麻酔だから、抱かない方がいいね」
その雨雲のような笑顔を見れるのは私の特権だろうか、と蓋をしていた感情が顔を一気に覗かせる
終わりを告げるかのようにしゃがんで俯いた彼女の目元には雨が降っていた
私はそんな彼女に傘を差し出すことも、共に濡れることも出来ないまま彼女を眺めていた_
翌日の彼女はどこか から回っていたがすぐに本調子に戻ったようで元気に一日を過ごしていた
帰路で彼女に聞いた
「あんたのその相手?って何処にいるの?」
彼女はそれを聞かれると思っていたなかったのか少し驚いた後に頬を染め 呟いた
「夢の中!」
私はそうなんだ、現実見なよとあんたなら恋人作れるでしょと軽く言いながら奥歯で口の中を噛んだ
え〜??やだよいらないよ 私にはもういるもんと隣でニコニコと笑っているであろう彼女に私は
「仕方ないな、この私がおまじないを掛けてあげよう」
と、子供騙しみたいに小指を差し出した
彼女は困ったように笑いながら小指を絡ませる
「ゆーびきーりげんまん…」
約束事をする時に口にする言葉を並べながら私は
お呪いをした
「…〜〜ー、ゆびきった」
へへっと笑う彼女に笑いかけながら、早く傘が必要無くなるといいねと告げた
私が次の傘になれますように_