ミルキを訪ねて
(ミルキは…故郷の村にいるかな…。)
ロギンは移動の魔法を使って飛んでいた。
(まだ14歳くらいのミルキに、いきなり仲間に入れてくれって言われて驚いたんだったっけな…。魔物退治を甘く見てる、そう思って断ったんだっけ…。俺も同じだったのにな…安全な村で生活していて…同じ年代の人達が村を出て行ったから、自分も出て行ってみるかって、そんな感じだった…。ミルキも後で聞いたら、似たようなこと言ってたっけ…。)
ロギン、ウォーレン、ハイネルの3人は次々と魔物に支配された領域を解放し始め、またそれに勇気づけられた各地の人々が魔王への抵抗を強めていた。
ある日、3人が次の街に向かっていると、後ろから声が聞こえてきた。
「待ってくださーい!」
1人の少女が移動の魔法でこちらに向かって飛んできて、3人の前に着地した。
「南の街を解放した方々ですよね?!私、ミルキといいます。炎の魔法が使えるんです!仲間にしてください!」
相手が見るからに年下であることから、3人は一瞬反応に困った。ウォーレンは相手にせず無視しようとしたが、2人に合わせて立ち止まった。ロギンが口を開く。
「すまないけれど、この3人で足りているんだ。息を合わせて魔物と戦えるように訓練しているし…。」
「足手まといには…。」
何とか反論しようと、ミルキは言葉を探した。それを見てハイネルが話す。
「あなたはどちらの地方に住んでいるのですか?」
「え、ハーレーン地方のほうです…。」
急に質問されて焦りながらミルキが答えた。
「そうですか…。ハーレーンは、今は安全な場所ですが魔王の軍団がいつ現れるかは分かりません。あなたの力は、あなたの住んでいる場所の人達を守るために使ってください…。もしも、そのときが来たら私達が力になりましょう。」
ハイネルは2人に促して、3人はミルキに背を向けて歩き出した。ミルキは3人が遠く離れるまで待ってから、こっそりと着いていった。
ある夜、ロギンが街の宿屋で休んでいるとき、窓を叩く音で目を覚ました。
「あなたがロギン?さえない顔だね…。本当にここの主を倒したの?」
声のする方を見ると若い女性が立っていた。
(きれいな人だ…。)
暗くてよく分からないが黒っぽい服を着ていて、腕や足、腹部に白い肌が露出していて、月明かりに照らされて美しく光っていた。
ガキン!!
「さすがね…。でも、見とれたまま斬られてたほうがよかったかもね?」
女性が振り下ろした剣と、ロギンの持っている短刀がぎりぎりと音を立てる。
「!」
ロギンが急に短刀を手から離し、女性が体勢を崩す。ロギンは剣を取り出して斬りかかる。
ガン!!
ロギンは剣に体重をかけているが、女性の方はしゃがんだ状態で剣を頭上にもってロギンの剣を受けている。
だっ
剣を受けきれなくなった女性は床を蹴って逃れるが、すぐにロギンの剣が追ってくる。あわてて剣で受け止めようとするが、剣ははじかれ、手から離れて飛んでいく。後ろに下がろうとするが、背中には冷たい壁の感触が伝わってきた。
「さすがね…。」
「何者だ?」
「私は魔王様直属の部下、名前はメローネ…今後ともよろしくね。今日はここまでっていうことで…。」
「逃がすわけにはいかない。」
ロギンは即座に剣を構え直して斬りかかった。
(!)
剣は壁にめり込んだ。メローネは少しも動いていない。くすくすと笑いながらメローネはゆっくり歩いて落とした剣を拾って窓を開けた。ロギンは慌てて剣を壁から引き抜いて構える。メローネはゆっくり振り向いてにやりと笑いながらロギンを見つめる。
「素敵な瞳…また遭えますように…。」
そう言うと、メローネは窓から飛び去っていった。
朝、朝食を取りながら、夜の出来事をロギンは2人に話した。
「真面目なおまえが斬れなかったくらいの美人か。俺も会ってみたいなあ。」
ウォーレンは笑ったが、ハイネルは真剣な顔になった。
「メローネという名前は聞いたことがあります…。誘惑の術を使うとか…あなたが斬れなかったのもそのせいでは」
途中で話を止めて黙った。ロギンも神経を集中させる。
「どうした?」
ウォーレンが2人に聞いた。
「…昨日感じた魔力を感じる…。」
「私も魔力を感じます…。」
わああああああああ!
外から叫び声が聞こえてきた。
「なんだなんだ!」
ウォーレンが飛び出し、ロギンとハイネルも宿の外に出た。
「うお!?」
ウォーレンに桑を持った男が襲い掛かってきた。ウォーレンは手で桑を払いのけて、叫ぶ。
「何だよ!?」
男は何も言わずに桑を構えなおす。
「ちっ!」
ウォーレンの拳が村人を気絶させた。
「…どうしたんだ?これは…。」
ウォーレンが呟き、3人は街を見渡した。どこを見ているか分からないような目をした街の住人達が、それぞれ桑や包丁を持ってふらふらと歩きまわっていた。
「ぐっ…?」
「ウォーレンさん?」
ハイネルが問いかける。
「だ…大丈夫だ…。」
ウォーレンが頭を振って答えた。
「誘惑の術だ…昨日より…ずっと強い…。ハイネルさん…祓えますか?」
「術が強すぎて」
おおおらああああ!
今度は年配の男が向かってきた。
「逃げるぞ!」
ウォーレンが叫んで3人は走り出す。
ガシャーン
3人が曲がり角を曲がると、男はそのまま走ってガラスを破って突き当たりの店の中に突っ込んでいった。
「正気を失っている…。ウォーレンさん、ロギンさん。私が術を弱めている間に、メローネを探してください!」
「ああ、分かった!」
「はい!」
ハイネルが精神を集中し始め、ロギンが走り出し、ウォーレンが着いていく。
「こっちから、魔力を感じる!」
2人がたどり着いたのは街の中心の広場だった。
「おはよー。お2人さんー。」
メローネが笑顔で2人を迎え、2人は武器を構えて斬りかかる。
ぶんっ
2人の剣は空を斬った。メローネは一歩も動いていない。
(昨日と同じだ…。)
「真剣な顔もいいねえ。」
メローネは笑顔を浮かべながら剣を抜き、ゆっくりと2人に近づく。
「ここまで、私に近づいてるのに正気を失わないあなた達はたいしたものよ?」
(体が…思うように動かない…。)
2人は剣を構えようとするが、体から力が抜けて剣が持ち上がらない。そして、メローネが美しく見えた。
ザシュッ!
「っ!」
メローネの剣がウォーレンを斬った。
「ロギン…あなたは楽しみにとっておく…。まず、この逞しいお方から…ゆっくり、ゆっくり…斬っていってあげる…。」
(やめ…ろ!)
ロギンは叫ぼうとしたが声も出てこなかった。その目はメローネの動作の一つ一つに優美さを感じ取り続けていた。ウォーレンは近くで見るメローネをうつろな目で眺めていた。
ボウっ
「ぎゃっ?」
飛んできた火の玉がメローネにぶつかった。
「小娘がっ…。」
ロギンはふらふらとした目でメローネが睨みつけている先を見ると、ミルキが勝ち誇った顔で杖を構えていた。
「女の私に誘惑なんか効かないよ、おばさーん!」
今度はロギンとウォーレンの方を見て。
「2人とも、私を仲間に加えておけば怪我しなかったのに…ね!」
ミルキは次々と炎をぶつけていった。
「あははははははっ!勝ち誇っちゃって…かわいい娘…。」
炎に包まれてにこにこしながら、メローネはミルキを眺める。
「えっ?」
ミルキがふらふらとその場にしゃがみこむ。
「思い出してごらん…この街の女は正気だった?紹介するわ…双子の弟のレイギル…。」
「はじめまして、元気な魔法使いさん…。」
「レイギル…様…。」
ミルキがレイギルの顔を見つめる。
(うんざりだ…こいつら…。なのに、俺も情けない…。)
ロギンも、ウォーレンも未だにメローネから目が離せない。
「魔法使いさん…もう一度君の魔法を、あの2人に向けて使ってくれないか?」
「はい…レイギル様!」
ミルキは杖をロギンとウォーレンに構える。
(なっ?)
ミルキの頭上には身長の高いウォーレンの3倍以上ある巨大な火の玉が現れた。
「レイギル様!見てください、私、こんな炎を起こせるんですよ!」
レイギルの方を見てはしゃぐミルキ。
「素晴らしい!さあ、あの2人に!」
「いっきまあーす!」
(く、来るなあ!)
炎がロギンとウォーレン目がけて突進してくる。巻き込まれまいとメローネが退く。
「ぎやぁあああああ!」
悲鳴が聞こえて、目をつぶっていたロギンとウォーレンが目を開けた。
(助かった…?)
「おのれ…。」
レイギルがミルキを睨みつけ、剣を抜く。
「レ、レ、レレレレイギル様…違うんです…。コントロールが…。」
「うるさ」
「ひ!」
ドサっ
「大丈夫か?」
ウォーレンがミルキに話しかけた。
「え?」
目を開けたミルキが見たのは、倒れているレイギルだった。
「…わ、わ、わ、私のおかげ?」
ミルキがまだ震えながら2人を見る。
「…そうだ?…そうか?」
ウォーレンはロギンを見る。
「まあ…そう、だ…な…。」
「これがメローネか…。」
ロギンが呟きながら見た地面には、大きなこげだけが残っていた。
「たいしたもんだな…。ロギン、これだけの魔法は十分な戦力だと思うぞ、俺達だけじゃやられてたんだしな。」
ウォーレンは苦笑いした。
「…ついて、来れるかい?」
ロギンが、メローネのこげを見て細かく震えているミルキに話かける。
「も…もちろん…。」
ロギンはミルキから聞いていた故郷の村にたどり着いた。
(大きな村だな…。さて、どこにいるのかな…。)
農家の土地が広がっている場所と商店が並んでいる場所がある。
この村を拠点にして、複数の街に行くことができる交通の要所になっているためかそれなりに賑わっていた。
(ん?)
小さな看板を見つけた。
(『魔法の学校』?魔法といえば、ミルキか?…行ってみるか…。)
看板に書いてある矢印をたどって進んでみる。生徒らしき人達に何度かすれ違いながら進んで行くと、山奥の小さな建物を見つけた。
キンコーン…ガチャ
「…わあ!ロギンさん!」
チャイムを鳴らすと、ミルキが扉を開けて現れた。
(大人びたな…。)
「久しぶり…。魔法学校を造ったの?」
「そう!先生は私1人で生徒はまだ8人だけど。」
「ちょっと、相談したいことがあって来たんだけど、いいかな?」
「?もちろん、これから、授業だから終わったらでよければ。」
学校の一室で待つことになった。
(…この建物、古い建物を直して使ってるんだな…でも、落ち着いてていい感じだ…。)
外を眺めてみる。
(3人の中で一番話しの合う仲間だし、旅に出た理由も似てるし、俺と同じようになってるのかと思ってたんだけどな…。)
ガチャ
「おまたせー。」
1時間後、お茶とクッキーを盆に載せてミルキが戻ってきた。
ロギンは、魔王を倒してからの自分、ウォーレンのこと、ハイネルのことを話した。ウォーレンの話では自分の感想は言わなかった。
「ウォーレンさん…使命感なのかな…私にはまねできそうにないや。」
ミルキは沈んだ顔をした。
「ミルキは立派にやってると思うよ…俺は…何をすればいいんだろう…。」
「何をすればって…3年間寝てたわけじゃないでしょ?」
ミルキは笑い出した。
「まあ、寝てたわけじゃないけど…3年間が空だったような、そんな気がするんだ…。」
「今から、魔王を倒したのは俺だーって宣言して、ロギン帝国でも造ってみれば?」
「え?それは無理だろ…。」
苦笑した。
「冗談冗談。んーと、ハイネルさんほどではないにしても、回復の魔法が使えるんだからお医者さんになるとか?」
「回復魔法が使えると言っても傷を治すくらいなんだよなあ…病気とかには何もできないし…。」
「んー…。」
ミルキはまた考えこんだ。ロギンが口を開く。
「分かってはいるんだけどな…。魔王を倒したときのような達成感なんてもう得られないって…。」
「…私も、ロギンさんの感覚、なんとなく分かるかな…。でも、ロギンさん…本当は特別なことはしたくなくて、普通の人でいたいんじゃない?だから、魔王を倒した後、私やハイネルさんと同じようにこっそり村に帰ったんでしょ?」
「…そうかも知れないけど…自分だからできることがあるんじゃないかってそう思うんだよな…。」
「何か見つかるまで、ここで魔法教えてみる?」
ミルキが急に身を乗り出してきた。ロギンはしばらく目を閉じて考えて、笑顔で答えた。
「…ありがとう、ミルキ…。でも、村に帰るよ。」
「残念…。また、来れるよね?」
「うん…今度来たときは自身持ってるといいな、俺…。」
「持ってなくても、いいと思うよ?そんなに気張らなくてもさ…。」
ロギンはミルキのいる村から出て、自分の村に帰っている。
(『普通の人でいたいんじゃない?』か…。そうだな…。村に帰って、魔王を倒す旅に出る前のに戻る…か。)