ウォーレンを訪ねて
ウォーレンはロギンが最初に仲間にした男だ。ロギンは旅を始めて数週間後、頻繁に魔物の襲撃を受ける村に立ち寄った。助けようと思ってもその頃のロギンは魔物とまともに戦うこともできず、さらにその村があった国は既に魔物に滅ぼされていて軍隊を呼ぶことができなかった。村長はロギンに、近隣の王国に助けを求めに行ってほしいと依頼した。その国にウォーレンが兵士として雇われていたのだ。魔物から逃げ惑ってロギンは王国に着き、王に事情を説明して村を襲う魔物を追い払ってもらうことができた。その際、ロギンも戦うことはできなかったが兵士の傷の手当や物資の運搬などを手伝うことで参加し、そこで、ウォーレンの強さを目の当たりにした。ウォーレンも力の無いロギンが魔王討伐を真剣に語ることに面白みを覚えて、ロギンについていくことを決めたのだった。
(魔物との戦い方を1から教えてもらった…結構厳しかったっけな…。)
ロギンは城下町を歩いている。おしゃべりしながら歩く女たち、走り回っている子供、いそがしくものを運ぶ人たち。肉屋や八百屋が並び、パン屋からは香ばしい香りがしている。少し進むと宝石屋に服屋なんかがいろいろと並んでいる。魔王がいる間も強国であるために人はたくさん住めていたが、今は道を歩く人々の顔に暗さが見られない。
(…この光景…この空気…。俺はなんで他の人たちと一緒に楽しめないんだろうな…。)
そんなことを考えながら歩き、城の門までたどり着いた。城門にいた兵士にウォーレンのことを聞いてみた。城門の警備は暇らしく饒舌に話してきた。
「ああ…。ウォーレンさんは魔王を討ち取った後1度はこの国に帰ってきたんですが、2、3年経ったらここから東のほうに向かいましたよ。でも向かうのはやめたほうがいいですよ。紛争が絶えない国らしいですから…。」
「そうですか…。ありがとうございました。」
「いえ…。…あなたもウォーレンファンの方ですか?」
「?ええ…まあ…。」
「彼はこの世界の英雄ですからねー…羨ましいもんです。もう記念館には行かれました?」
「??いえ…まだですが。」
「これ、パンフレットです。良かったらどうぞ!」
「あ、ありがとうございます。」
ロギンは記念館に向かってみた。人が多くて、ゆっくりは見られなかったが、ウォーレンの生い立ちの説明から始まって魔王の討伐までの旅の話があって、装備品などなどが飾ってあった。そこには、当然ロギンの話も書いてあったが主題はウォーレンでロギンや他の仲間はおまけ程度だった。
(ウォーレンさんは魔王を倒したことを報告しに行ったんだったな…。俺もハイネルさんもミルキも名乗り出なかった…。)
ロギンはその日はこの国で宿を取り。次の日、東の国に向かった。遠い場所でも、ロギンは高速で移動できる魔法を使えるので苦にならない。地面から数メートル浮き上がって飛んで行けるのだ。ほとんど歩いている人もいないので、注目されることもなく楽に進むことができた。数時間後、国境が見えてきたので着地し、ゲートで手続きを済ませて町に入った。昨日の城下町のような規模や上品さはないがそれなりに賑わっていた。ロギンは屋台で煮込み料理を食べてみた。昨日の城下町で食べたものよりくせのあるものだったが、また食べたくなるかもしれない味だった。屋台のじいさんに聞いてみると、ウォーレンはここからさらに東の国に行ったらしい。
「あの国はやめておけ兄さん、内戦続きで、この国にも難民が押し寄せてきてるんだ。」
屋台のじいさんが忠告した。
「簡単な移動の魔法なら使えるから、逃げるくらいはできますよ。」
やや謙遜してロギンが答えた。
「…それでも、国境の町くらいにしときな。あそこならまだ安全だ。ウォーレンさんの話も聞けるだろうし…。」
町を出たロギンは、屋台のじいさんに教えてもらった国境の町にまた移動の魔法で飛んで行く。
(…。だんだん寂れていくな…。)
舗装されていた道路はいつの間にかただ踏み固められたものになっていた。周りは民家1つない。
(…日が傾いてきたな。夜はおっかないし…。ん?国境か?)
遠くに高い柵と明かりが見えた。
「止まれ!」
近づくと杖を構えた人が叫んできた。言われたとおりに着地する。
「身分証を見せろ!」
(おっかないな…。)
言われたとおりに身分証を出す。杖を持った男はしばらく身分証を見てから杖に込めていた力を抜いた。
「…外国人が入れるのは、国境の町だけだ。許可無く入った場合は逮捕することもありえるから気をつけるように。」
(ぴりぴりしてるなあ。)
そう思いながら、ロギンは無事国境を通過し、町に入った。既に暗くなっていたので宿を見つけて泊まることにした。宿は部屋も食事も別に普通の町と変わらず、ゆっくりと休むことができた。次の日、ロギンは宿の受付の人にウォーレンのことを聞いてみると、宿の受付は急に深刻な顔になった。
「ウォーレン様は、つい1ヶ月ほど前ににお亡くなりになりました…。」
「ええ?どうして?」
(ウォーレンほど強い人が…ありえない!)
「ウォーレン様は我々の国のために命を懸けて戦われ…危険地域の村の人々を助けるために…犠牲になられました…。」
「そんな…。」
「ご遺体はとりあえずこの町にお運びして、3日前に葬儀が行われ…。」
ロギンはふらふらと宿を出た。
(そんな…ウォーレンさん…。魔王との戦いだって生き延びたのに。ここで…。終わってしまうなんて…。)
ロギンは宿の受付の人に教えてもらった墓に着いた。急ごしらえで造られたようではあるが、その立派な墓石には『偉大なる戦士。ウォーレン・バンハート ここに眠る』そう刻まれていて、大小さまざまの花が大量に供えられていて、墓のまわりでは祈りを捧げている人がたくさんいた。ロギンは祈りを捧げるでもなく、泣くでもなく、ただ呆然と立ち尽くしていたが、やがてふらふらと酒場に入っていった。酒場に入っても酒をあおるわけでもなく、何も知らない人が見たら極めて冷静に酒を飲んでいた。
「ふざけるなー!」
ロギンの耳に誰かが叫んでいる声が入ってきた。顔を赤くした体格のいい男が叫んでいた。
「あと1歩、あと1歩だったんだぞ!あと少しで反政府軍を追い詰めてたんだ!なんで撤退命令なんか出すんだ!」
叫んでいる男の隣にいる男が冷静に返す。
「政府も反政府も決着をつける気なんてないんだよ。非常事態が長く続けばそれでバンザイさ。戦争を口実にいくらでも自分の金儲けができるんだからな。」
叫んでいた男が今度は落ち込んだ。
「ウォーレン様さえ生きていてくれればなあ…。」
(ウォーレン…魔王を倒してからも戦ってたんだな…。いろんな人に慕われてたんだなあ…。立派だよ。俺は、何を…。)
ロギンはただグラスを見つめた。
「ウォーレンだって政府、反政府とおんなじようなものさ…。」
ぼそっとロギンの隣に座っていた男が言った。ロギンは叫んではいないが、強い口調で言い返す。
「ウォーレンさんはそんな人じゃありませんよ!」
誰も聞いていないだろうと思っていた男は驚いてロギンの方を向いた。
「ウォーレンさんが戦っていたのは自分のためじゃ」
とロギンが言いかけたとき、男が遮って小声でいった。
「ひょっとして、ロギンさん…か?」
「はい…。」
ロギンも小声で返した。
「俺は、ウォーレンさんと一緒に内戦に巻き込まれた人たちを助けるために戦ってた。だから、ウォーレンさんが金のために戦っていたんじゃないことは俺も分かってる。」
男は真剣な顔で話し出した。
「ウォーレンさんと一緒に戦っていた?」
ロギンは驚いて聞き返した。
「ああ…途中で別れたがね。彼は、いつも危険地帯に向かっていった。どの人も彼は勇敢だと言ったが、俺は違うと思った。危険を求めている人間だと、俺はそう思った。あんたと一緒に戦ってたときはどうだったか知らないがね。」
「戦うことをためらわない人だった、でも、好んで戦う人じゃない…。」
ロギンは強くは言えなかった。なんとも言えないもやもやが自分の中にあった。
「戦い続けて変わった人間を俺は何人も知ってる…。危険に麻痺して、いつの間にかさらに危険を求めるようになってくんだ。」
男は暗い顔で言った。
ロギンは酒場を出て外を歩いている。
(ウォーレンさんは…そんな、危険を楽しんで興奮するような人じゃない…。武器を使うことは、守るためだって俺に教えてくれたんだから…。)
そう思っても、もやもやした感覚が離れない。ふいにもやもやが晴れる。
(ひょっとして、ウォーレンさんも俺と同じ感覚だったんじゃないだろうか?魔王を倒したことが大きすぎたから、戦いにのめり込んでいったんじゃないだろうか?)
今までの町で見てきたことを思い出す。
(あちこちでウォーレンさんは称えられてた…。兵士として王様に仕えていてあれだけ大きな街にいたから、村に篭っていた俺みたいにぼーっと生きていくこともできなかった…。称えられて、うらやましいとも思った。でも、俺だったら…。そっとして置いてほしい、そう思っていた…。)
ロギンはウォーレンの墓の前に来た。夜なので人はおらず、静まり返っていた。
(ウォーレンさん…。たぶん、俺もあなたと同じです…。何をしていいのか分からない…。魔王を倒したときのあの感覚…同じものはもう味わえないことは分かってる…でも、どうしても割り切って前に進めないんだ…。あのときで俺の人生も終わっていれば…いっそ相打ちしていればよかったと…そう思うことまである…。)
次の日。ロギンは荷物をまとめて宿屋を出た。街を出る前に、今日もたくさんの人が訪れているウォーレンの墓を遠くから見ている。
(さようなら、ウォーレンさん…。)
ウォーレンが仕えていた国にウォーレンが亡くなったことが伝わったのは5日後だった。