2度目の旅の始まり
「いよいよ俺たちの旅も終わるんだ…。」
勇者ロギンは魔王の間の扉を前にして3人の仲間にこう言った。ロギンは魔法も武器もそれなりに使うことができるが、どちらも高い技術を持っているわけではない。そのためもあるのか、他の仲間に比べて外見に特徴は見られない。装備品がなくて普通の格好だったらどこにでもいそうな青年だ。次に戦士ウォーレンが口を開いた。
「3年か、長かったような短かったような…魔王の支配は100年続いたんだからな。」
ウォーレンは魔法を使えないが格闘や武器の使用は得意だ。武器は斧や大ガマなどの重いものを好んで使っている。外見も背が高く、筋肉のついたたくましい体つきをしている。
次は魔法使いミルキが声を震わせて話す。
「みんなと会ってから2年…。私達が、この世界を変える…。」
ミルキはウォーレンとは対照的に魔法のみを使って戦う。火の呪文を得意としていて、攻撃にも使えるが火の盾で防御を行うこともできる。この4人の中では一番年齢が若く、唯一の女性である。女性というより少女と言ったほうが分かりやすいかもしれない年齢だ。最後は僧侶ハイネルが口を開いた。
「100年間続いた人々の苦しみを終わらせる…。相手が魔王でも、我々には神のご加護があります。」
ハイネルも魔法を使うが攻撃するためのものはない。仲間の傷を癒し、魔物の作り出す邪気や呪いを祓うためのものだ。
「さあ、開けよう…。」
緊張した面持ちでロギンがポケットから聖なる木の枝を取り出し、他の3人とともに祈りを捧げた。聖なる木の力が魔王の間の邪気を払い、扉が開き始めた。
ガガガギギギギゴゴゴゴ…
「来たか…人間どもよ…。」
魔王の気味の悪い声が響き渡った。基本は人間と同じような姿形をしているが、蛇のような目つきと全身から放たれている強烈な邪気に4人は一瞬身動きが取れなくなった。魔王は固まってしまった4人を眺めながら話を続けた。
「100年の間、勇者と名乗って私に挑んできたものが何人いたと思う…?私は挑んできたものを生かしておくことにしている…意識も、理性も捨てさせない…。1ヶ月もすれば、みんな私の言うことを聞くようになるんだ…。」
魔王はそばにあった檻を空けた。
グルルルル…
檻から目玉と手足の塊のような得体の知れないものが3体ほど現れた。
「ぐっ。」
「ひっっ!」
4人の叫びは声にならなかった。その表情をみて、魔王はにたりと笑って言った。
「ははは、全員だ。全員そんな顔をしたぞ!」
ピュイイイ!
魔王は口笛を吹いて叫んだ。
「行け!」
ギュルルルル!!
目玉と手足の塊たちが4人目がけて向かってきた。4人はすぐさま冷静さを取り戻し素早く構えて立ち向かう。立ち向かい方はいつもと同じ。ハイネルが邪気を祓う。攻撃した際に呪われないためだ。次に、ミルキが2体を炎で足止めしている間に、ウォーレンとロギンは残り1体に集中する。ここまで戦闘を重ねてきた2人に同時に攻められて勝てるモンスターはそうはいない。
ザシュ!ズバア!!
2人に斬られてあっさりと1体は倒れた。こうなったら後の2体も先は決まったようなものだ。
「俺たちが躊躇なんかするわけ無いだろう?もと人間だった怪物なんて何匹も斬ってきたんだからな!」
ウォーレンが魔王に向かって言い放った。
「ほう…。それなりに修行を積んできたようだな。久しぶりに楽しめそうだなあ!!」
魔王はそう叫びながら巨大な火の玉を自分の前に作り出し、4人目がけて放ってきた。
ドボオオオ!!
4人はバラバラに跳躍して火の玉を回避した。ウォーレンが着地後すぐに体勢を整えて剣を振り上げて魔王に突っ込んでいく。
キイン…
魔王は人差し指の先に、小さい青く透き通った六角形のガラスのような結界を張って攻撃を止めた。
「おおおお!」
ウォーレンが力を込めるがびくともしない。
「人間の力など、所詮この程度」
魔王が言いかけた瞬間、結界が消え、剣が振り下ろされる。魔王はぎりぎりで体をひねって剣をかわした。
「ちっ。やるな。」
魔王が睨んだ先は杖を構えているハイネルだった。睨みながら魔王は話続ける。
「お前は呪いや結界を祓えるのだな。ならば、これを祓えるか!?」
巨大な赤黒い雲がハイネル目がけて飛んでいく。
「くうう!」
必死に杖を構えて呪文を唱え続けるハイネル。しかし、赤黒い雲にあっという間に飲み込まれてしまった。
「ハイネルー!」
3人がほぼ同時に叫んだ。雲が消えると石像になったハイネルが残っていた。残った3人を見て魔王は笑って言う。
「所詮人間などこんなものだあ!」
今度は3人目がけて赤黒い雲が飛んでいく。3人は回避する間もなく雲に飲み込まれた。
「あっけない…。やはり弱いやつらだったな。」
魔王は余裕の笑みを浮かべて漂っている雲を眺め、石になった3人の最期の表情を見るため、雲が消えるのを待っていた。
ギイイイイン!!
「おおっ!?」
突然眩い光が炸裂し、思わず魔王は声を上げた。雲は一瞬で消え去り、光をまとったロギンとミルキが姿を現した。
「炎の力を俺に!」
ロギンが叫び、ミルキが祈りを捧げ、炎がロギンの周りを駆け巡り始める。ロギンはさらに自分の魔力を上乗せして炎がさらに強くなり始める。余裕の表情を見せてきた魔王の顔に焦りの色が浮かんだ。ロギンとミルキの、自分たちの限界を超えて放出する魔力は魔王の想像を超えていた。
「す、隙だらけだ!お前ら!」
焦った魔王は、炎が最大になる前に倒そうと走りだし、爪を伸ばして振り下ろそうとした。
ズバ!
魔王の腕が吹っ飛んだ。さらに剣が魔王に向かってくる。
「邪魔だあ!」
魔王の蹴りが剣を構えたウォーレンに命中し、ウォーレンは浮き上がって飛んでいく。再び爪を伸ばして切りかかろうとする魔王の顔に絶望の表情が浮かんだ。
「これで終わりだ!」
ロギンは叫び、最大まで高まった炎を魔王にぶつけた。
「があああああ!」
魔王は必死に結界を張って炎を防ごうとするが、炎はかるがると結界を突き破った。
「人間にい!人間ごときにいいいい!」
炎はあっという間に魔王を骨に変えた。
「大丈夫か?」
ロギンはよろよろとこちらに向かって歩いてくるウォーレンに声をかけた。
「ああ、なんとかな。ハイネルはどうだ?」
「これで石化が治るはず…。」
ハイネルに聖水をかけながらミルキが答えた。淡い光を発してハイネルの石化がとけていった。
「げほっげほっ。」
ハイネルは咳き込み、激しく息をした。
「大丈夫?」
ミルキが心配そうに聞く。
「ええ、大丈夫…です。魔王…魔王はどうなったんですか?」
期待を込めてハイネルは3人に聞いた。
「終わったよ…。やっと…。」
ロギンが骨になった魔王を見ながら言った。
「ああ…神よ…。ようやく、ようやく苦しみの時代が終わりました。」
目に涙を浮かべながらハイネルは跪いて祈りを捧げた。その肩を叩いてロギンが言う。
「あなたが石になる直前に、俺たちに祓いの呪文をかけていなかったら負けていたよ。ありがとう。」
ここで一旦全員、何も話さなくなった。それぞれが自分の中で喜びを噛み締めていた。
「…。さあ、帰ろう!」
ロギンが声を出した。
「ああ!」
「うん!」
「はい!帰りましょう!」
魔王がいなくなったことで、世界中の街を襲っていた魔物はほとんどが姿を消し、人々は平和の到来を喜んだ。そして4人はそれぞれの故郷に帰っていった。それから5年後。
生まれ故郷の村に帰ったロギンは農家としての生活に戻っていた。夕暮れ時、一日の仕事を終えてロギンは家に入った。両親はロギンが旅立つ前に他界し、ロギンはこの家に一人で住んでいる。
家は大きいが、もともとの自分の部屋を主に使って、他の部屋は物置程度にしか使っていない。自分の部屋に入ったロギンはベットに横になった。
(…ふう。3年経っても、農家に慣れないな。剣を持って村を出るまではこの生活だったのにな…。)
ロギンは起き上がって部屋に置いてあった剣を取って構えた。
(この剣…。もう一生振ることはないんだろうな…。戦うのは嫌だと、早く元の生活に戻りたいと思っていたのに…。いや、今も剣は振りたくない…たぶん。でも…俺は、このまま生きていくんだろうか?それで…いいのか?俺は…もっと何かを…。)
寝返りを打つ。
(魔王を倒して帰ってきてから、普通の生活がつまらなくなってしまった…。)
ロギンはこんな考えをほぼ毎日繰り返していた。
秋の終わりに、ロギンは収穫した作物を倉庫に運んでいた。
(畑の方はこれで一段落だ…。今年は十二分な収穫になったな。この作物をお金に変えればまとまった金額になる…。)
数週間後、ロギンは旅支度を始めた。
(農家を続けるにしても、このままで、人生を終わらせたくない…。続けるなら、これで良いと納得して続けたい…。)
秋も深まって、肌寒くなってきていた。
(まあ、熱い中歩いていくよりはいいか。一人で悩んでいても答えはでないし、村の人達に聞いても…俺とは経験したことが違うんだ…あいつらに会いに行こう…どう生きているのか…。)