夢の扉を開けるカギ
ども。ハツラツです。
本日はごアクセスいただきありがとうございます。
今回は、魔法の世界の不思議な夢のお話です。
何かを得たいとき、甘い言葉に誘われないよう、ご注意を。
たとえ、夢の中でも……。
大国の端の端。魔法の森の中の小さな小屋に、大魔法使いマードとその弟子、レラは魔法の修行をしながら暮らしていました。
「うおおおお!」
今日も修行の一環で、魔力を込めて箒を浮かべようとしますが、うんともすんとも言いません。
その傍に置かれたスツールとチェアで優雅に紅茶を飲みながら新聞を読んでいるのはマードです。
「どうやら、まだまだ初歩の初歩もできないようだね」
新聞を畳んだマードが紅茶を一飲みし、弟子へと温かい目を向けました。
「悔しい……」
レラは半べそをかきながら、箒を拾い上げ、砂を払い落とします。
「はっはっは。そう簡単にはできないよ」
マードは笑うと、机の上に置かれた小さなカギを魔法で浮かべてみせました。
あまりに軽々とやるものですから、レラはますます悔しくなります。
「師匠はズルいです! それぐらいの大きさなら、私だって!」
「やってみるかい?」
マードは、カギを掌の上に落として差し出しました。
「よし! いくぞ!」
レラは必至に魔力を込めます。
「うううううう」
力を加え続けていると、徐々にカギがカタカタと揺れはじめました。
「あっ」
あとちょっとのところで、カギは動かなくなってしまいました。
「そんなぁ……」
「ふふふ。惜しかったね」
マードはカギを握ると、小屋の中に入っていきます。
「師匠、そのカギを貸してくれませんか」
「それはできないよ」
小屋の中までついていき、マードへお願いしますが、残念ながら断られてしまいました。
カギはマードの作業机の引き出しの中へ。
「どうしてですか?」
「それはだね……」
「おーい! 大魔法使いマード!」
マードが答えようとしたところに、来客がありました。
王宮の役人でしょうか。きっちりした服装に、短くそろえた髭の初老の男性です。
「これはこれは。遠路はるばるご苦労様。わざわざここまで来たってことは」
「ああ、急ぎの依頼なんだが……」
男とマードは旧知の仲のようでした。
何やら難しい話を外で始めましたが、大人が話すことはいまいちわかりません。
しばらく小屋の中で待っていると、
「悪い。急用ができた。帰るのは明日になりそうだ」
「わかりました」
「ほう、やけに素直だね」
キュッと細められたマードの目にドキッとする。
「い、いえ、そんなこと」
「まぁ、いいや。いい子にしてるんだよ」
「はい、お気をつけて」
マードを見送ると、レラは引き出しからカギを取り出すと、魔力を込めてみました。
「ぐぬぬぬぬ」
再びカタカタと揺れるカギ。あと少し、あと少しで浮き上がりそうです。
「ううああああ!」
これ以上変化がなさそうだったので、魔力の流し方を少し変えてみることにしました。
すると、驚く変化がありました。なんと、カギはたちまち輝き始めたのです。
「わああああ」
まばゆい光に襲われた後、レラは眠りについてしまいました。
レラが気が付くと、真っ白で、マードよりもずっと背の高い扉の前に立っていました。
「これ、なんだろう?」
ノブを回そうとしますが、カギがかかっているのか、扉は開きそうにありません。
そこでふと、何か固いものを握っていることに気が付きました。
「これ、カギだ」
魔法の練習に使った、あのカギでした。
「もしかしたら、使えるかも?」
そう思って、カギ穴にさしてみると、ビンゴ。ピッタリはまりました。
かちゃりと小気味いい音を立ててカギあいて、ゆっくりと扉を開けてみます。
「うわああ」
扉の向こうに広がっていたのは、雲の上の世界でした。
「わあ、すごい。ふわふわだ!」
雲の上はふわふわとやわらかく、ジャンプすると高く飛び上がることができました。
地上では味わえない、やみつきになる楽しさです。
どこまでも続く雲の上を飛び跳ねていると、やがて見えてきたのは青色の扉でした。
「もしかして、これも……」
やはりカギはしまっており、あのカギを差し込むと、やはりピッタリ合いました。
「えい」
扉を開けると、次は海の中でした。
色とりどりの熱帯魚や、サンゴが広がる、美しい海です。
しかし、レラは泳げません。
「これじゃ、先には行けないな……」
引き返そうとしたとき、びゅうっと風が吹いて、うっかり扉の中に入ってしまいました。
「わああああって、あれ?」
息ができないと思いきや、海の中なのに息ができます。
それに、あれだけ泳げなかったはずなのに、海中をゆったり泳ぐことができました。
ここも、ゆらゆら揺れて、心地のいい場所です。
「あ、おさかなさん、こんにちは」
無数の熱帯魚が、レラを中心に渦を巻きました。
日の光を浴びて、キラキラと美しく輝きます。
「あはは」
熱帯魚たちと戯れていると、今度は大きなウミガメが、目の前を横切っていきました。
「待って!」
優雅に泳ぐウミガメの甲羅を追いかけていくと、その先には次の扉がありました。
今度は真っ黒な扉に黄色の斑点がついた、幻想的な扉です。
「今度はどこに繋がっているんだろう……」
扉を開けてみると、そこに広がっていたのは広大な宇宙でした。
無重力で、冷たい闇の中に、無数の星々が瞬いています。
「すごい……」
宇宙空間をゆったりと漂いながら、星を眺めていると、なんだか自分が小さく思えてきて、魔法の使えない自分が惨めな気持ちになってきました。
長いこと修行をしていますが、ちっとも上達しないのです。
「それじゃあ、お前に魔法を教えてやろうか」
「誰?」
どこからか、声が聞こえてきました。ずっしり重く、頭に響く声です。
「俺様は夢の世界に閉じ込められたかわいそうな魔物だ」
「ええ、魔物?」
魔物というのは、人を襲う危険な生き物です。
マードからは、魔物と出会ったら逃げなさいと言われていました。
「魔法を教えてやる代わりに、俺様をここから出してくれ」
「そんなこと言われても……」
確かに魔法は使えるようになりたいですが、魔物の言うことを聞くのは危険な気がします。
「ごめんなさい。他をあたってください」
「どうしても、ダメか?」
「ごめんなさい」
ただでさえ、こっそりカギを使ってしまったので、これ以上悪いことをしてしまっては、小屋を追い出されかねません。
ですが、魔物は許してくれませんでした。
「だったら、力づくで出てやる!」
声はすぐ近くからしました。目を凝らしてみると、闇の中に巨大な影がありました。
その声の主は、なんとすぐ目の前にいたのです。
「わああああ!」
必死で宇宙の中を泳いで、扉の方へと向かいます。
「待てええええ!」
宇宙の扉を見つけて飛び込むと、海の中へと戻れました。
「逃がさんぞ!」
魔物も扉を潜り抜けて、海の中についてきました。
熱帯魚たちが魔物を覆いつくしますが、それすらも蹴散らして追いかけてきます。
「助けてええええ!」
次は、海の扉を開けて雲の上に出ました。
「ちょこまかと逃げやがって!」
やはり、今回もついてきます。
逃げながら、周囲を漂う雲に魔力を送ってみました。すると、軽いからか、雲が形を変えて、魔物の足止めに成功しました。ついにものを動かす魔法が使えたのです。
「小癪な!」
まとわりついた雲を払いながら、魔物が怒りに吠えます。
その隙に、雲の扉の前まで向かいますが、ふと足が止まりました。
本当に扉を開けてもいいのでしょうか。
開けてしまえば、その先に待つものは現実世界です。
「チッ。気づきやがったか!」
「まさか、出口を知るために、追いかけてきたの?」
「ああ、その通りだ。だが、もう目の前。俺様の作戦勝ちだ!」
「それはどうかな?」
声がしました。それは、聞きなれたマードの声でした。
「げげっ! お、お前は!」
「これでも食らえ!」
「ぎゃああああ!」
マードの強大な魔法によって、扉のずっとずっと先まで吹き飛ばされていきました。
「待たせたね」
「師匠!」
「よく頑張ったね。それじゃ、帰るよ」
白い扉から外に出ると、マードがカギをしめます。
もう二度と、魔物が外に出ないように。
夢から覚めると、マードは言いました。
「よく、誘惑に負けなかったね。君なら、必ずいい魔法使いになれるよ」
「はい!」
ちょっぴり怖い思いをしましたが、ちょっぴり成長を感じたレラなのでした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
夢の中に封じられた魔物は、決してファンタジー世界の代物ではないと思っています。
皆さんの中にも、きっと封じられた魔物が胸の奥底にいることでしょう。
それを閉じ込めておくのが正しいのか、認めてしまうのが正しいのか……。
よろしければ、他にも読んでいってくださいな。
では、また。