楽しむ夜
三題噺もどき―さんびゃくよんじゅうご。
ヒンヤリとした風が肌を撫ぜる。
見上げれば、そこには瞬く星々と輝く月がある。
―はずだ。
「……」
あいにくの天気で、今日はそこまでは見えない。
うっすらとかかる雲が所々を隠してしまっている。
街の光のおかげでもあるんだろうけど。
「……」
それでもほんの少し、月の光は見えるから、それは救いだったのかもしれない。
―何の言われると困るが。
なんとなく。
あの美しい月を直接見ることは憚れるような気がして。隠れているぐらいがちょうどいいかもなぁなんて思っただけであって。
だからまあ、大した理由はない。
「……」
たまには秋の夜長とやらを堪能してみようと思い、窓を開け、外を眺めてみたのだが。
ん―どうだろう。
雨が降る感じはないから、ベランダに出ても問題はなさそうだが。
月が隠れて居れば、星も隠れてしまっているからなぁ……。
いや、月はいいんだけど、せっかくなら星はみたい。
「……ん」
先に天気でも確認しておこう。
今は便利なアプリがあるから。
……しかしすごいよなぁこれ。ここまで正確性に長けたものが、お金もかからず情報として得ることができる時代になったんだから。
「…ぉ…」
雨は降らないだろうと勝手に思っていたが。どうやら数十分後に雨が降りそうだ。
ならばベランダに出るのはやめておこうか……。
残念だが、秋はまだ始まったばかりだし、今日だけではないからな。
……秋が始まったかどうかはこの際どうでもいいけれど。昼間は相変わらず暑いしな。
「……よし」
そうと決まれば、準備に取り掛かるとしよう。
最近買ったお気に入りのティーポットがある。
あれと、香りのいい紅茶のパックと。
お湯も沸かして……。
「……んっと……」
お気に入りのティーポットと言ったけれど、実はまだ使っていない。
お気に入りになるかもしれないティーポットと言った方が正解に近いかもしれない。
ある雑貨屋でほとんど一目惚れみたいな勢いで買ったものだが、なかなかに良い買い物をしたと、今は思っている。
「……あった」
少し奥の方に直してあったそれを取り出す。
箱に入っていた中身を取り出し、空き箱は丁寧に直しておく。
こういうのは、箱ですら可愛いので捨てるに捨てられないんだよなぁ。
「……」
ティーポットを一度シンクに置き、電気ケトルに水を入れてセットをする。
数分で沸かすことができるこれは、とても便利で良いとは思うが……保温できないのがなぁ……。割と頻繁にお湯は使うので、少し惜しい。
かと言って、その機能が付いたものを買いなおそうと思わないあたり、これも気に行ってはいる。
「……」
お湯を沸かしている間に、ティーポットを軽くあらい、水気をふき取る。
その中に、紅茶のパックを淹れ、いつも使っているマグカップを取り出す。
……これも軽く洗っておこう。
「……」
このマグカップには、ぽつりと一つの蕾が描かれている。
根元のあたりが少し膨らんだような、今にも花開きそうな蕾。
花びらの先になる上の方は、うっすらと紫に染まっている。
「―――ん」
お湯が沸いたようだ。
残念なことにおいし淹れ方というのは知らないので、適当に。ほどほどに。
ティーポットの中にお湯を注いでいく。
ふわりと広がる紅茶の香りと、美しい色に、ほんの少し何かが綻ぶ。
「……」
窓際に置いておいた小さめのローテーブルの上に、ティーポットを先に運んでおく。
網戸で阻まれた外から、珍しく鈴虫の声が聞こえた。
夜はもう秋なのになぁ……未だ昼間は残暑だ。
「……」
もう一度キッチンに戻り、コースターとマグカップを手に取る。
コースターはそのあたりにあったのをたまたま見つけたので、使うことにした。
これはまぁ、百円ショップとかで買った、来客用のものである。
来客なんてそうそうないんだけど。
「……よし」
ローテーブルの横に置いた、少し低めの椅子に座り、ティーポットを手に取る。
再度かぐわしい紅茶の香り。
花をくすぐるその匂いは、不思議と穏やかな気持ちにさせてくれる。
―別に荒んではいなかったんだけど。
「……」
ティーポットを傾け、コースターの上に置いてあったマグカップの中に、紅茶を注いでいく。
ふわりと立ち上る蒸気に、ほんの少し目を閉じる。
―その一瞬で。
―花が開く。
「……」
マグカップに咲いた花は、紫の花びらが美しい、一輪の花。
これは、お湯を注ぐと絵が現れると言うやつだ。
この花は個人的に好みだったこともあり、即決して買った覚えがある。
「――ぁ」
美しい花と。
美味しい紅茶。
お気に入りのティーポット。
外からは、雨の降る音が聞こえてきた。
お題:蕾・ティーポット・空き箱