ロイ
「昨日、酒場で値打ち物をちらつかせてた冒険者が、死体で見つかったらしいな」
酒瓶をアードの前の床に叩きつけながら、スキンヘッドの大男が腰を下ろす。
「……毎度毎度、俺の至福の一時を邪魔してくるよな、ロイ」
年齢なんてこの街では誰も知らないが、顔つきからすると恐らくは三十代前半だ。
普段は確か近くの鉱山で鉱石を掘っている。
「死体で見つかった。……だから、なんだよ」
そう言いながらアードはロイの酒瓶に手を伸ばそうとして、ゴツイ手に払いのけられる。
「べつに? ただお前がそいつのすぐ後に酒場を出て行ったってマスターから聞いただけだ。わざわざここに来てまで自慢してたっていうんならロクな人間じゃあないんだろうし、俺にしてみればどうでもいいね」
「……人を斬ってみたかったって言われたぜ」
「ハッ……なるほどな」
二人の間に沈黙が降りた。
「……それで、どうするんだ? 前々から俺はお前は冒険者に向いていると思っている。チビだが、身体能力的にも、性格的にもな。ああ、だけど冒険者になったらそう軽々しく人を殺すなよ? 中層街はこことは違うんだからな」
「わかってるよ」
アードは自分の酒瓶を掴み、安い中身を自分の口へとぶちまける。手の甲で口周りにこぼれた分を拭く。
「うぇ、バッチィ」
顔を顰めるロイを無視して、アードは続けた。
「それで、お前はどうする? 来ないのか?」
一瞬、ロイは意味が分からなかったようで目を瞬かせた。
「俺が? 冒険者に?」
「そうだ。お前の力と頑丈さは前衛タンクとしてうってつけだ」
ロイはしばらくあっけにとられた顔をしていたが、やがてニマーっと頬を緩ませた。
「おう、このガキ、そりゃ俺を口説いてんのか?」
「他に何がある?」
少し間を開けて、アードは早口で続ける。
「......このまま一人の鉱夫として一生を終えるつもりか? 成り上がってやろうとは思わないのか?」
ロイは緩ませていた頬を引き締め直した。
「先に言っておくが、俺に野心はねぇ。一介の鉱夫として死ぬならそれでもいいと思っていた」
表には出さないが、アードは少し落胆した。それでは無理なのか?
「だが、俺はお前を年の離れた弟のように思っている。弟が危ない仕事を始めようっていう時についていかねぇなんて兄貴失格だろ?」
「……別にそんなことないと思うけどな」
「ふん、このツンデレめ」
ロイがアードの髪をわしゃわしゃとかきまぜる。アードは嫌そうに「やめろ」と言いながら腕を掴んで離した。
「それより冒険者を始めるなら俺より言っておかなきゃいけない相手がいるだろ」
「……あ?」
「ライラちゃんだよ」
アードは苦みを我慢するような顔をした。
ライラ。厳しい幼少期をアードと二人でこの貧民街で生き抜いた少女だった。しかしライラは才能を見出されて鍛冶屋に弟子入りし、あとにはアードだけが残された。今は中層に近い鍛冶屋で働いている。
「別に……もう関係ないだろ、あいつは」
「あぁ?」
途端にロイが不機嫌そうな顔になった。アードの上に身体を乗り出し、その巨躯を目一杯に利用してアードを威圧する。
「いいか? ライラちゃんはな。いっつもお前の心配をしてるんだ。鍛冶の修行を疎かにするわけにはいかないから、普段どこにいるかわからんお前を探しには出れないがな。俺がこの酒場を教えてないのは飲んだくれているお前を見たらライラちゃんが悲しむだろうと思っているからだ。なんなら教えてやろうか? 本当は嫌だがお前がそういう態度を取るなら背に腹は代えられねぇな!」
「わ、わかったから落ち着けって」
「あぁ? いいか、てめぇはいつもいつもなぁ……」
あ、これは酔ってる。
ロイは普段は頼れるナイスガイと言ってもいい男だが、酒には弱い。酒瓶を半分も飲まないうちに顔が赤くなり、くだを巻きはじめる。酒に強そうな見た目なのに。
このモードに入ったロイには何を言っても無駄だし、自分が何を言ったのかすら覚えていない。
アードは目の前で演説を始めるロイを無視して、再び酒瓶を煽りはじめる。
そこそこ酔っていたアードも昔のライラとの生活を半ば無意識に思い出しつつ飲み続け、やがては男二人分の泥酔した肉塊が出来上がった。
◆
翌日、どうやって帰ったかも覚えていないアードは痛む頭を押さえながら中層街に近い鍛冶屋へと向かっていた。
ロイはいない。朝早く起き、軽い運動とシャワーで二日酔いを吹き飛ばして元気に鉱山で働いている。アードと共に冒険者を始めるとは言ったものの、翌日の仕事を投げ出すような男ではない。
ゆえにアードは一人でライラのもとへ向かっていた。ロイがあそこまで強く主張することにアードは逆らえない。アードは自分と正反対のロイのことを尊敬すらしている。
記憶が正しければ三年前にライラを弟子に取った鍛冶屋は『星辰の鎚』といったはずだ。場所も知っている。最近は足が遠のいているが、ライラが弟子になって一年くらいは、隠れて様子を見たりしていたからだ。
「ねぇ、君」
今のライラはどうなっているだろうか、などとぼんやり考えながら歩いていると、突然声をかけられた。顔を上げると髪の短い中性的な十六歳くらいの人物が立っている。少年のような格好だが僅かに胸が膨らんでいることから察するに女の子らしい。
「ライラちゃんの幼なじみのアード君だよね」
「ッ!」
アードは咄嗟に飛び退いた。腰のベルトから薄闇の短剣を抜き、構える。
「誰だ......お前。なぜ俺とライラのことを知っているッ?」
「フフ......いい気迫だね。あるいは君ならライラちゃんを救えるかも......?」
不穏な言葉にアードが眉をひそめる。どういうことだと聞き返す間もなく、女の子が続けた。
「でもその前にちょっと味見......っと」