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竜骸の都  作者: 木村アヤ
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始まりの短剣

 遥か昔、天蓋の巨竜と呼ばれた一匹の竜が死んだ。

 そのとてつもなく巨大な竜は、偶然見つけたとある山間の谷底を自らの墓地とした。

 そこに数々の獣や魔物に怯えていた非力な人類が隠れ住んでいたことも知らず。

 

 崖に洞窟を掘り、近くの山々で山菜を取り、より脆弱な動物をこそこそと狩って生活していた人類は、しかし他の動物よりも優れていた点があった。

 火の使用を可能たらしめた頭脳と、恐怖心を抑え込む勇気である。

 

 他の獣や魔物が死してなお放たれる巨竜の威圧感に屈し、早々に逃げ出す中、人類はあえて近づいていった。

 その一人が、巨竜の指と地面の間に挟まっていた、古くなって剥がれ落ちた爪の一片に気がついた時、人類の反抗が始まった。

 

 人類は途方もない時間をかけた研磨によって爪や骨、歯を切り出し、刃物へと加工した。

 その刃物を用いて巨竜の皮を裂き、身に纏った。

 肉は一口で余命数日の人間を、一年間生きながらえさせるほどの滋養に満ちていた。 


 あらゆる防御を切り裂き、あらゆる攻撃を防ぐ、竜の骸から生み出された装備を身に纏った人類は、ゆっくりと生存圏を拡げていった。


 巨竜は頭部とあばら、そして背骨を除いて、全て人類に取り去られた。その巨骨の下に、人類は都を築き、繁栄の限りを尽くした。

『竜骸の都』


 ……しかし竜の骸はいつかなくなる。

 その時が間近に迫っていた。

 

 繁栄は貧富の差をも生み出す。

 一人の少年、アードは都の最下層『竜尾の貧民街』で、スリや盗みをしてその日の生計を立てていた。

 アードは自分は一生うだつの上がらない生活をし、誰にも知られることなく死んでいくのだと思っていた。


 ……たまたま貧民街の酒場に飲みに来ていた冒険者が、酔っ払って店主に『竜骨の短剣』を見せびらかすまでは。


 竜骨武器は既に貴重品となっているが、より硬い竜爪や竜牙と比べて絶対量が多く、中堅冒険者ならば多くの者が一つくらいは所持している。駆け出しの冒険者でも多少珍しい程度だ。しかし貧民街においては当然、目にかかることすらない貴重品だ。

 だからこそ冒険者は羨望の眼差しを受けるためにわざわざ貧民街に来たわけだが。


 明らかな未成年にもかかわらず、酒場の隅の床で飲んだくれていたアードは、その短剣を見て以降、飲むのを止めた。

 酒を抜き、酔っ払って店を出た冒険者から、その短剣を奪い取るためである。

 

 男は気分よく店主に別れを告げ、ほろ酔いで店を出る。その足取りはふらふらとして頼りない。

 アードも男を追って酒場を出た。


 男はふらふらと竜骨の下へと向かって行く。今も残された背骨の下、『竜腹の中層街』と呼ばれる冒険者や身分の低い人物たちが住んでいる街へと向かっているのだった。

 その先にはあばら骨に囲まれた高級街、頭骨の中に作られた王族の住む宮殿がある。


 腰骨や尾骨は既に失われているので、貧民街は厳密には竜骨の外に位置している。そのため魔物達が近づくことが可能であり、外縁では魔物による襲撃事件も度々起こっている。

 

 アードは距離を保って男の後をつけた。中層街は貧民街とは違って一応しっかりとした警備員がいて治安が保たれている。盗むなら貧民街の中でやるしかない。


 男が細く人気のない道に入った。一部の中層街へは近道となる道だ。

 アードはやるなら今しかないと思い、一歩踏み出して空けていた距離を詰めようとした。


「よぉ、さっきから何の用だ?」

「……気づいてたのか」


 男は足を止め、振り返らずにアードへ問うた。アードは下唇を噛み締める。やはり冒険者相手では一筋縄ではいかない。


「あたりめぇだろうがよぉ……この路地に入ったのも、テメェを遠慮なく殺してやるためさ」

 

 アードは眉をひそめる。


「この『竜骨の短剣』の切れ味で人間を斬ったらどうなるのかって思ってなぁ……前から思ってたんだよ。人を斬ってみたいってよぉ……」

「それは……結構な趣味だな」

「ウヒヒ、あとついでに魔法もなぁ」

 

 魔法。人間や獣とは違い、魔物のみが自然界に満ちている魔力を用いて発現可能な、様々な超常現象のことである。


「……天蓋の巨竜はあらゆる魔法を使えた。巨竜の死骸は魔力を集め、魔力として保持するのみだが、他の魔物の素材と合わせることで方向性を持つ……だったか?」


「薄汚れたガキのくせに、よく知ってるじゃねぇかぁ!!」

 男は下卑た笑みを満面に浮かべる。

 アードは男の軽い口を滑らせて情報を得ようと問いかけた。

「それで、その自慢の短剣はなんの魔物の素材と合わせてあるんだ?」


 しかし男は笑顔を作ったまま冷や汗を浮かべるだけで、問いかけには応えない。

「……まさか、知らないのか?」

「うるせぇ! 使ってればなんかしら発動するだろうがよっ!」


 冒険者の男は『竜骨の短剣』に魔力を込め、アードへ飛びかかった。

 

「素直に向かって来るとは……、貧民街での戦い方を知らないみたいだな」


 アードは近くの窓の外に並んでいた花の枯れた鉢を一つ掴む。そのまま思い切り男の顔面めがけて投げつけた。


「ふん、それが……おわっぷっ!」

 

 男は『竜骨の短剣』て易々と鉢を切り裂いたものの、中身の土をもろに顔に浴びた。


「ぺっ、ぺっ、汚えっ。どわっ!」


 顔を歪ませて口の中に這入った土を吐き出す男に、二つ目の鉢が迫る。


 男も冒険者の端くれだ。過ちは二度繰り返さない。二つ目の投擲は男が屈んだことでかわされる。


「ハッ、辺りのものを手当たり次第に投げるヒス女かぁ? 随分お粗末な攻撃だなぁっ!」


 男は鉢を投げつけたアードに目線をやろうとするも、見えたのは中通りへと続く路地だけだった。


「お粗末なのはテメェの頭だ」


 壁を蹴って既に男の真上にいたアードは、両手に持った空の鉢を男の頭に叩きつける。


「がっ......」


 振り下ろされた鉢は割れ砕けると同時に男をよろめかせる。男が頭部を押さえながらアードを見上げた時にはアードは大きめの鉢の欠片を振りかぶっていた。


 男は咄嗟に『竜骨の短剣』を振るう。体重も乗っていない苦し紛れの一振りだが、武器自体の切れ味のせいでアードの生身ぐらい簡単に切断できる。しかし元々体勢が悪かった上に酔いのせいでバランスを崩し、その一薙ぎはアードの頭上を切るだけに終わった。


 恐怖に相貌を歪ませる冒険者の右目に、尖った端が突き込まれる。転がった男の上から何度も顔を踏みつけ、欠片を奥へ奥へと押し込んでいく。


 やがて動かなくなった男の手から『竜骨の短剣』がこぼれた。

 アードは息を切らしながらその短剣を見つめた。屈んで拾い上げる。


「危ない賭けだった。だが勝った。これがあれば俺も冒険者に……」


 あばら家の間から、冒険者が住む『竜腹の中層街』を見つめる。

 発光石がそれなりに支給される中層街は明るく、ぽつぽつと街灯に使われている他は家の窓からほんのりと漏れ出てくるだけの貧民街とは大きく違う。


「……そういえば、こいつにも名前をつけなきゃな」


 他にいくらでもある『竜骨の短剣』と呼び続けるわけにもいかない。

 アードは周囲を見渡す。路地にはところどころ明るくなっているだけの薄闇が広がっている。


「『薄闇の短剣』。これは俺の始まりであり、原点の短剣だ」 

 

 アードはそう呟くと、男が腰に付けていた竜皮の鞘と一緒に腰のベルトに吊るし、それをローブで覆い隠した。



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